881話 イベリア紀行 2016・秋 第6回


 苦渋の選択


 カタール航空は安くて上等という航空会社なのだが、時間的に問題があった。帰国便は羽田空港着になるのだが、到着時刻が22時30分着なのだ。そうなると、空港ビルを出るのは23時をかなりすぎるから、そのまま帰宅はできない。高いから、タクシーで帰宅するようなことはしない、ホテルに泊まると、安い航空会社を使う意味がない。それなら、空港のベンチで寝て、始発を待つか。帰国当日に帰宅できる時刻の到着便を使うとすれば、往路便がマドリッドで1泊してリスボンに飛ぶことになる。時間、手間、費用の点で、カタール航空便利用は得策ではない。
 これらの欠点を克服しようとすれば、ドーハでの乗り換えに20時間近くかけなければいけない。これだけ長時間だと、カタール航空名物の乗り換え時間のサービスである市内観光もつかない。
 カタール航空を使うと、リスクが多すぎる。出発と帰国の時刻が良くて、乗り換え時間が短い便を探すと、1社しかない。考えたこともない航空会社だ。エア・チャイナ。チャイナ・エアラインなら有名な台湾の航空会社だが、こちらは中国の会社で、中国語だと中国国際航空という。中国のナショナル・フラッグシップ・キャリアだそうだ。まったく知らない航空会社なので、インターネットで評判を調べると、想像通り、えらく評判が悪い。設備や機内食などあらゆる評価が低いなか、唯一高評価なのが「コスト・パフォーマンス」だ。つまり、「安いんだから、文句は言うんじゃない。わかったな」という会社だ。
 友人知人に体験談を聞いた。
 「中国の航空会社のなかでは、もっともマシですが、評価が低い会社ばかりの比較ですから、まあ、そういうわけで・・・」
 中国旅行経験が豊富な友人は、「問題なく出発・到着できるということ以外、何も期待しないなら、使えると思います」
 つまり、サービスなどLCC並みだと思えばいのだろう。かつてしかたなく使った安い航空会社、パキスタン航空、エジプト航空バングラデシュ航空、インド航空といった悪名高き遅延常習航空会社の仲間だと思えば、腹は立たつが自己責任だからと諦めるしかないという意味だろう。昔の私を知っている人からは、「かつてはその手の航空会社の上得意だったくせに、贅沢になったものだ」と言われそうだが、以前は飛行時間の短いアジアの旅が中心だったから我慢ができたのだ。
 苦渋の選択、窮余の策で、ばんやむを得ず、涙をのんで、エア・チャイナを使うことにした。数万円多く払って、ほかの航空会社の便にしようかとも思ったのだが、残念ながら、運航スケジュールでは、やはりこの航空会社がベストだった。
で、どうなったかというと・・・。
●遅れるかと思った羽田出発は、10分はやくブリッジを離れた。早く出るということもあるんだ。帰国便のマドリッド発北京行きの便は、1時間の遅延。乗り換え時間に余裕があったからいいが、先で書いているように、乗り換えに時間がかかる国だから、1時間の遅延が命とりになることもある。
●噂どおり、機内食はまずい。コンビニ弁当やサンドイッチを買って食べたほうが不満は少ない。わかっていたことだから、失望感はない。
●私の席は翼の近くで、つまりエンジンのそばだ。飛行中、いままで耳にしたことのない金属がこすれるような音、ガリガリガリガリ、ガガガという大騒音が鳴り続け、飛行機が揺れ、生きた心地がしなかった。ノートに遺書を書こうかと、ちょっと思った。
●中国の航空会社だから、当然、中国人の客が多い。ということは、巨大な荷物を持った客が多くいるということだ。スペインからの帰路、空港のチェックインカウンターで私の前に並んでいた客は、ふたりで大きなトランク4個と段ボール箱や大きな紙袋の荷物を持っていた。紙袋からぬいぐるみが見える。当然、超過料金を支払うことになる。そこまでは他の国民でも同じなのだが、荷物が多いのにカネは払いたくないという人たちがいる。
 私の前に並んでいた客は、「そこをなんとか・・・」と中国語で値切り交渉に入っているようで、スペイン人職員が英語で説明しているのだが、中国人は本当に英語がわからないのか、わからないフリをしているのか、とにかく中国語でしゃべり続け、その後ろにいる乗客が待たされている。中国人客がすべてこうだったというわけじゃない。ビジネスクラスの列に並んだ若きビジネスマンは、じつにスマートな行動だった。
●帰路、機内で映画を見ようとしたら、モニターがフリーズした。CA(機内乗務員)を呼ぶランプをつけたら、20分後に来て、黙ってランプを消して去ろうとする。「おいおい、無視するんじゃない」と呼び止め、事故を知らせる。すると、「あなたの扱い方が悪いからよ」と私を非難したので、「それじゃ、あなたがやってごらんなさい」というと、同じようにフリーズした。「調整するから、しばらく待って」と言って、去っていきそのまま。20分無視され、ちょうど私の脇を通りかかったそのCAに、「いつまで待てばいいんだ」というと、「他の席に移れば、見られますよ。好きな席にどうぞ」という。別の席に移ったが、同じようにフリーズ。別のCAに事情を説明すると、「なにしろ古い機械ですからねえ・・・」と言いつつ、また別の席でうまく動くモニターを探しだして、「こちらの席にどうぞ」。しかし、すでに映画を見る時間はなかった。教訓:だから、いいサービスを期待したらいけないんだ。苦情を述べる権利などない国の「ナショナル・フラッグシップ・キャリア」なのだから。
●中国の航空会社を使うということは、中国で乗り換えということになる。私の場合は北京乗り換え。飛行機を降りて、「トランスファー」(乗り換え)への通路を進むと、検疫窓口。「中国に入国するわけじゃない。乗り換えです」と言っても、「そこに並べ」。全乗客が、詳しくパスポートチェックを受ける。そのあと、トランスファーへの通路を進むと、トランスファー入口検査というのがあって、またパスポートの顔写真などを厳しく検査される。そこを抜けると、荷物検査だが、その前にまたまたパスポート検査。パスポートを見るだけではなく、コンピューターでチェックする。検査台はいくつもあるが、検査官は少なく、延々と乗客を待たせる。そういうことに平気な国だ。荷物検査官は、外国人に対しても中国語で怒鳴るだけ。何を言っているのか、さっぱりわからない。きっと威張りたいだけだろう。
 こういう嫌な体験をすることになったのは、中国の航空会社を使った私が悪いからだ。明白に、自己責任である。だから、もう2度と使わない。やはり、生涯、中国方面には行かないと決心した。公務員が威張っている国には行きたくないのだ。