886話 イベリア紀行 2016・秋 第11回

 観光客の大群

 リスボンを訪れた観光客は、かならずベレンジェロニモ修道院に行く。私もベレンにはすでに何度も行っているが、ベレンに行く最大の理由は、路面電車で長い旅ができるからだ。修道院には用がないので、足を踏み入れたことはない。
 今回もベレンに行った。その目的は、地図でMuseo de Arte Popularというものを見つけてしまったからだ。大衆美術博物館とでも訳すか、展示内容はよくわからないが、散歩がてら行ってみようという気になった。散歩の誘い水だから、期待はしていない。
で、行ってみると、ドアに「本日休館」のカードがかかっている。月曜じゃないのになと思いつつ、翌日に再訪すると、扉は開いていたものの、「ミュージアムショップだけの営業です」という。展示室は長らく閉鎖しているという。店だけやってどうするの? ああ、これも、「バルセロナ」か。「バルセロナ」の意味がわからない方は、この雑語林の660,661話参照。
 こういうことはスペインじゃ当たり前だと諦めて、公園で休息したのだが、向かいの要塞のような真新しい建造物が気になって、正体を探る散歩に出た。広い道路を苦労して渡ると(ベレン最大の問題は、道路の横断である)、現代美術館だとわかり、私には用がない施設だから、大通りを渡ってまた公園に戻った。
 ベンチに座って、バッグから水を取り出して飲みながら、ベレンにやってきた観光客たちを観光する。アジアからやってきた観光客の、中国語、韓国語、日本語が聞こえる。アジア人よりも、西洋人風の顔つきをした人がはるかに多い。そういう人は、団体客ではなく、老夫婦だけの旅というのが多い。
 観光客の大群は、台湾でもタイでも、そして日本でも見ている。14年前には見なかった光景だ。どうしてそういう事態になったのか、分析してみたくなった。こういうことを考えるのが、現在の私の専門領域のひとつだ。
1、共産主義の崩壊・・・ソビエトが分解し、東欧の共産圏が消えた。中国が実質的に資本主義国になって、東ヨーロッパでも中国でも、人々は経済活動の自由と海外旅行の自由を得た。経済的に豊かになったら、中国人もロシア人もハンガリー人も、外国旅行を楽しむ人が多く出現した。
2、アジアの中産階級の増大・・・アジアでは、一部の大金持ちと大多数の貧者という従来の社会構造から、経済発展によって中産階級が増えて、団体で海外旅行をするくらいのぜいたくがでいる層が増えている。
3、団塊世代の定年者・・・欧米と日本では、第2次大戦後数年間に生まれた「団塊世代」がいる。その世代の人たちがすでに定年退職し、夫婦で旅行をするようになった。定年退職者の旅行はもちろん以前からいたが、とにかくこの世代は人数が多く、経済的に安定した時代の退職者夫妻が、どっと旅に出てきた。
4、気候・・・ヨーロッパではもう冬を迎えている地域が多いが、このときのベレンは10月だが、私は半袖シャツで汗をかいている。日陰で、水を飲みながら、観光客を観察している。北国の住民には、天国だ。
5、安全・・・ベルギー、ドイツ、フランスなどがテロ攻撃を受けているなか、イベリア半島は比較的安全だと認識されている。
6、物価・・・ヨーロッパのなかでは、イギリスやスイスや北欧と比べれば、イベリア半島の物価は比較的安い。
観光客急増に乗じてひと儲けしようとたくらんだのか、リスボンを見渡せる名所として知られるサン・ジョルジェ城だ。入場無料のはずだったが、8.50ユーロもの高額入場料をとるようになっていて驚いた。約1000円だ。散歩をしていて、たまたま近くを通りかかったので、ちょっと寄ってみようかと思って近づいたら有料になっているとわかった。城とはいうが、正確には城跡であって城の建物が残っているわけではないので、「街をタダで展望できる場所は、ほかにもいくらでもあるんだぜ。ここで高いカネを使うことはないよ」とつぶやきつつ、散歩を続けた。

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 ベレンでは1回もシャッターを切らなかったので、リスボンテージョ川の写真をおまけに