893話 イベリア紀行 2016・秋 第18回


 食堂にて 定食とバカリャウ その2

 食堂で、バカリャウを注文した。おばちゃんがちょっと笑ったのは、「あんた、知っているね」という同好の志への微笑みである。
 ポルトガル人やスペイン人にとって、バカリャウBacalhau(スペイン語ではバカラオBalao)は、日本人にとってのサバとサケとサンマを合わせたくらい重要な魚だ。バカリャオとは、タラを開いて塩蔵して乾燥させたものだ。生のタラそのものも、魚類の名もバカリャウだという説もあるが、このあたりのことは調べてもよくわからない。少々学問的に言えば、バカリャウにしてもバカラオにしても、主にマダラ属のGadus macrocephalusのことで、魚類事典ではBacalhau do Pacifico(スペイン語では、Bacalao del Pacifico)という名がついているものの、一般的にはただの、バカリャウでありバカラオである。
 イベリア半島に住む人たちは、16世紀ごろから塩蔵のタラを食べていたわけで、生の魚よりも塩蔵が普通だった。ということは、バカリャオといえば、塩蔵タラをさすことになるはずだ。ウィキペディアによれば、生のタラはBacalhaou Fresco(fresh cod)というそうだ。生であることに修飾語がつくということは、塩蔵タラが普通ということだ。
 バカリャウのことは以前から知っていて、ポルトガル人にとっていかに重要であるかといったエッセイも読んだことがあったのだが、いままで食べる機会がなかった。かつて、リスボンのリベイラ市場近くに、バカリャウ通りと呼びたくなる通りがあった。今回は見つけられなかったが、見落としただけかもしれないし、消えたのかもしれない。その昔、散歩中に紛れ込んだその通りで異臭を感じた。いやな匂いではないが、ヨーロッパらしくない匂いで、タイ市場の魚醤コーナーに紛れ込んだような感じだった。見渡せば、道路に面してバカリャウ屋が並んでいた。店にドアはない、むき出しの塩蔵タラが山と積んである。路上に、その発酵臭が流れ出して充満している。これが噂のバカリャウなのだとわかったが、食べる機会はなかった。
 そのチャンスが、今回の食堂で巡ってきた。
 私は「バカリャウ」といっただけで、料理法は指定しなかった。テーブルに運ばれてきたのは、タラのから揚げとジャガイモフライだった。たぶん、相当に塩辛いだろうと想像していたが、その想像以上に塩辛い。味がないジャガイモといっしょに食べても、まだ塩辛い。焼くと、塩を吹いて白くなる昔ながらの塩鮭のようなものか。魚類学者三宅眞は、『世界魚食文化考』(中公新書、1991)でこう書いている。
 「ポルトガルの漁師風(バカリャウ料理)というのは、塩を僅かに抜いただけで焼いたものだが、かつてリスボンで注文したところ、旅行者にはお勧めできないといわれた。そうなると余計に食べてみたいので強いて頼んだが、まるで塩をかじっているような塩辛さには流石にその半分も食べ切れなかった」
 ちゃんと塩抜きしたおいしいポルトガル料理もあると書いているが、街の安飯屋レベルでは、手が込んだ料理をすることはなく、よそ者には苦痛になるほどの塩辛さが地元客には好評なのだろう。普段、めったに料理を残すことのない私だが、この塩蔵タラは三宅眞が書いていたのと同じように、苦しみながら半分食べて、降参した。耐えられるレベルではなかった。わが生涯で、塩辛さゆえに放棄した料理は、これが最初である。
 後日、別の食堂で、バカリャウのオリーブオイル焼きを食べてみたが、やはり、口が曲がった。とても、完食出来ず、生涯2度目の敗北となった。それでもめげずに、スペインに入ってからも、しばしば挑戦すると、「うまい」と思ったことは多く、塩辛くて食えないということは一度もなかった。マドリッドで食べたTortilla Bacalao(バカラオのオムレツ)が気に入って、翌日も食べに行ったほどだ。
 私が食べたポルトガルのタラは、塩抜きする手間を惜しんだとか手抜き料理だというわけではなく、下町の食堂では、それほど塩辛いタラが好みということだろう。そういえば、スープ専門店で食べたスープも私にはやや塩辛かったというのに、店員に「塩をちょうだい」といっているおばちゃんがいたので驚いた。言うまでもないが、「ポルトガル料理は塩辛い」というのは私のわずかな体験によるもので、とても一般化できるだけの情報量はない。

 店頭にバカリャウを掲げた食品店。ポルトにて。熟成具合によって、値段がかなり違う。


 バカリャウのから揚げとジャガイモ。