897話 イベリア紀行 2016・秋 第22回

 書店とフードコート

 ポルトのベント駅を出たとたんに、この街は変わったとわかった。歩道に人があふれている。ベント駅から南のドウロ川までの500メートルくらいは、以前から観光客がやってくる地区だとはわかっていたが、これほど人はいなかった。ドウロ川に下る坂道は、東京でいえば原宿・竹下通りの人ごみを思い出させた。最近の浅草・仲見世も、こんな混雑だ。人が、波になっている。
 ポルトは「ぽっと出」の観光地ではないし、教会などを含めた建造物が「ポルト歴史地区」として、世界遺産に登録されたのは1996年だから、ここ数年で急に話題になったわけでもない。観光客が増えた理由は、この雑語林の885話「観光客の大群」で書いたとおりだと思うが、とにかく、人が多い。
 ポルトが好きになったのは、静かな古い街のたたずまいが気にいったからだ。私は名所旧跡・世界遺産に興味はないから、街の雰囲気が良ければ、それでいい。だから、ただ歩いているだけで楽しかったのだが、ここもリスボンのように坂が多いから、散歩はくたびれる。前回の滞在中も、ただ気ままに路地から路地へと歩いていただけだから、いわゆる「名所」はほとんど見ていない。
 たとえば、「世界一美しい書店」と評されるレロ・エ・イルマンだ。「美しい書店」として一部では知られていたようだが、その時の私は何も知らなかった。今回、朝の散歩をしていたら、歩道に行列を見つけ、あれは何だろうと思って近づくと、そこが噂の書店だった。普通なら素通りする場所なのだが、書店とあっては、本好きの私としては足を踏み入れないわけにはいかない。
 かつては「地元では知られた美しい書店」だったが、世界のマスコミなどで取り上げられてあまりに人気が出て、観光名所になった。そのせいで、通常の書店営業を続けることができず、今は「見学料を徴収する書店」になっている。店の向かいの歩道に料金徴収ブースがあって、3ユーロを支払って、入場券とこの書店の由来を書いたパンフレットをもらい、入場者の列に並ぶ。書店で買い物をすれば、見学料は返還される。こういうシステムで、入場者を制限している。
 確かに、美しいが、装飾過剰ではある。私にとっては偶然見つけた書店だが、世間的にはすでに有名観光地で、その辺の教会や美術館よりも混雑しているが、本を買う客はあまりいないだろう。
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 前回は、ビア・カタリーナViaCatarinaにも気がつかなかった。ちょっと大きめの洋装店のような外見で、普通は素通りする場所なのだが、たまたまショーウィンドウ越しに店内をみると、なんか違う。広く深いのかもしれないと思い、店内に入り込むと、そこがショッピングセンターになっていた。奥が深いのだ。街の美観を考えてのことなのだろうが、街中の建物は周囲とのバランスを考えて、同じような雰囲気の建物が並んでいる。街の中心部における西洋式リフォームというのは、建物の外壁はそのままにして、内部だけのリフォームだ。四方の壁だけを鉄骨で支えて残し、内部には何もないという工事中の建造物を何度も見ている。このショッピングセンターの場合は、外壁そのままのリフォームなのか、周囲の建物と同じ時代に見えるデザインで設計した外壁なのかわからない。
 最上階のフードコートは、日本のショッピングセンターにもあるような外食店が並んでいるのだが、それぞれの店の外装が全く違う。屋根が見えないと、街中の食堂街のようなレイアウトになっている。フードコートのありがたいところは、ひとりの食事でも不便はないということだ。ひと皿が1人前か、やや少なめ程度なので、ひとり旅の私にはちょうどいい。リスボンでもフードコート見学をしたのだが、この14年間で明らかな変化があった。以前のフードコートには、グラタンやパスタのような料理を出す店ばかりで、バラエティーがなかった。どこも同じような店が並んでいるだけだったのだが、今ではインド料理やイタリア料理、すしを売る店もある。スープだけを出すポルトガル料理店もある。料理選択の幅がいっきに広がったのだ。世界各地からこの街に来る人が増えたことによる変化だろう。
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