899話 イベリア紀行 2016・秋 第24回

 ビーゴ(Vigo)への長い旅

 ポルトガルポルトから北上し、国境を越えてスペインに入ると最初に出会う大きな街がビーゴだ。もちろん、今の両国では「国境」など旅行者には関係ない。ビーゴは、ほとんどの日本人は耳にも目にもしたことのない街だが、カナリア諸島ラス・パルマスと同様に、一部の漁業関係者には漁港としてよく知られた街ではある。
私がこの街を地図で見つけたのは、14年前のことだ。
 その年、私はポルトガルに行こうと計画を立てた。当時、日本からポルトガルに行くもっとも安いルートは、モスクワ経由のアエロフロート便で、たしか5万5000円くらいだったと思う。もしかすると4万円台だったかもしれない。とにかく圧倒的に安かったのだが、モスクワでの乗り換えには24時間以上必要だったと思う。ロシア滞在にはビザが必要だったし、往復ともモスクワ滞在をしなければいけないから、この便は結局高くつく。
 その年は、タイに行く用もあり、別々に行くことにしていたのだが、タイに行ったついでにポルトガルに行けないだろうかとふと考えて、情報を集めた。超長距離の寄り道となる思いつきだった。日本からポルトガルへの便は高いが、スペインに飛べば安い。タイ航空を使い、東京・バンコクマドリッドと飛べば、東京・バンコク便往復より2万円高いだけだ。計算上は、バンコクマドリッドが片道1万円ということになる。
このときは、ポルトガルを北から南へ旅してみようと考えていたので、マドリッドからスペインの北西部に行き、そこからポルトガルに入るルートを考えた。地図を見ると、ポルトガルの北端の北に、ビーゴ(Vigo)という名のスペインの街があることを知った。地名と位置は覚えた。
 14年前、マドリッドの空港に着いた私は、地下鉄でアトーチャ駅に行き、地図でポルトガル方面の街を探し、「アビラあたりでいいか」というそれだけの理由で、第1日目はアビラに泊まり、翌日はサマランカに向かった。サラマンカからビーゴ方面への交通手段を探したが、1本で行けるバス便はない。ポルトガル北部に行ける方法を考えたら、ポルトガルのブラガンサ経由でポルト方面に行くバスの方が便利だとわかった。これで、ビーゴルートは消えた。
 14年後の今回は、以前に考えたルートの逆を行き、ポルトからスペインに出国し、ビーゴに向かおうと考えた。そこで改めてビーゴという街について調べた。ビーゴはガリシア州にある漁業の街だが、造船所もあるという記述で、「もしや、あの街か?」と思った。14年前にマドリッドで見たスペイン映画の舞台が、そのビーゴじゃないのか。スペインといって思い浮かべる太陽と荒野とオリーブの木という風景ではなく、暗い港街が舞台だった。その映画“Les Lunes al Sol”(2002、日本語タイトルは「月曜日にひなたぼっこ」)については、このアジア雑語林の389話にすでに書いた。
http://d.hatena.ne.jp/maekawa_kenichi/20120226/1330236143
 この映画は、日本の「バスクフィルムフェスティバル」で上映されたというので、映画の舞台は当然バスク地方で、映画で使かわれていた言葉もバスク方言なのだろうと思ってブログではそう書いた。今回の旅の出発直前に調べたら、ウィキペディア英語版では、舞台が「スペイン北部」となっているが、スペイン語版でははっきりと「Vigo」と地名が入っている。ビーゴなら、バスク州ではなく、ガリシア州だ。
 14年前は、この映画に関してインターネットでもそれほど多くの情報はなかったのだが、現在はなんとユーチューブで完全版を見ることができる。字幕はついていないが、役者の面構えの迫力や、あらすじはわかる。マドリッドで、偶然、この名作に出会えたのは幸せだった。
https://www.youtube.com/watch?v=k-bvu_LMgJM
 旅に出る直前、ナマコの研究でも知られる気鋭にして出色の研究者赤嶺淳さん(一橋大学)のサメの研究発表を聞きに行ったら、ビーゴのサメ漁を取り上げていた。
 「間もなく、そのビーゴに行きますよ」と私が言うと、
 「じゃあ、友人を紹介しましょうか」と言ってくれたが、予定がはっきりしない私の旅なので、ご厚意だけ受け取った。どこかで会う約束をしてしまうと、その約束にあわせて行動しなければいけなくなる。いーかげんな旅をしている私は、できる限り「予定」を入れたくないのだ。いつ、どこにいるのか、私にだってわからないのだから、約束などしたくない。

 
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まだ公開していなかった写真。これはポルトのパン屋。

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ポルトの市場。