904話 イベリア紀行 2016・秋 第29回


 森の旅


 SDC(サンティアゴ・デ・コンポステーラ)から、一気にバスクビルバオに行こうと思った。バスの便を調べてみると、夜行か昼の便の2本で、景色が見えない夜行便を使う気はない。しかし、昼間の便だと、ビルバオ到着が夜になる。知らない街に夜到着するのは避けたい。
 鉄道を使ったほうがいいだろうと思い、谷底にある駅に行った。すると、なんということだ、鉄道もバスと同じような運行で、ビルバオ着がやはり夜になる。そこで、途中のレオンで1泊して翌朝出て、昼間にビルバオに着く便に乗ろうという計画だ。ツーリスト・インフォメーションで得た情報では、SDCからレオンまで所要4時間半で、38.50 ユーロだった。
「明日朝、8時34分発のレオン行き、1枚」と、駅の出札口で告げた。駅員はうなづき、コンピューターに向かい、カチッ、カチッと地名や数字を打ち込み、「うーん」とうなった。満席か?
 「もしも、キャンセルしないなら、特別に安くなる切符があるんだけど・・・・」
 「はい、絶対にキャンセルしません。絶対に」
 なぜ安い切符があるのかわからないが、理由などどうでもいい。安ければ、それでいい。
 「23.10ユーロだけど・・・」
 というわけで、38.50−23.10=13.40ユーロの儲けだ。これも、SDCの恵みか。
SDCを朝出た列車は、森のなかを走った。走っているうちに、「これを『森』と呼ぶべきかなあ」という気がしてきた。日本の森とは違う。東南アジアの、熱帯の森とも違う。植生が違うといった当たり前の話ではなく、日本人が考える「深い森」ではないのだ。疎林と言えばいいのか、木が密に生えていないのだ。むき出しの岩が見える。木がそれほど大きくない。木が太くない。
 2年前のアルヘシラスからロンダへの旅で、スペインは山の国だとよくわかった。今回、スペイン北部の資料を読んでいると、「森のスペイン」という表現がよく出てくるのだが、私が思い浮かべる「森」とはだいぶ違う。ヨーロッパの並木といえばこれ、というポプラの並木が見えたのは数秒だけだ。マレーシアのゴム園のように、規則的に木が植えている林も見えたが、これまた何の木かわからない。
 ポルトからビーゴ、ビーゴからSDCへの鉄道の旅と同じように、SDCからレオンへの鉄道旅行も車窓に変化がなく、つまらない旅だった。そのうち、家が見えて、大きな工場が見え、倉庫が見え、レオンに着いた。レオンが工業の街という印象はなかった。スペイン国中が絵葉書のような景色ということなどあり得ないのだが、テレビや雑誌やガイドブックに出てくるスペインは、常に絵葉書のような観光地だから、工場や倉庫やゴミ捨て場などを見ると安心する。
 レオンでビルバオ行きの列車の情報を集めた。ビルバオ行きの列車は、明日のこの時刻に出て、ビルバオ夜着く。それしかない。ビルバオ夜着くのが嫌で、レオンに寄ることにしたのに、無駄な企画だった。バスならもっと便利だろうと、バスターミナル行くと、明日のバスは、やはり、ビルバオ夜着く便しかない。鉄道と同じ運行スケジュールにしている意味がわからない。インターネットの時刻表で鉄場情報を得ておけば、こういう無駄がなくなると考える人は少なくないだろう。駅で乗り換え列車の情報を調べておけばいいのにと考える人もいるだろう。旅行業者なら、それは正解だ。出張で移動するなら、そういう下調べをしておいた方がいいだろうが、どうも私の性に合わないのだ。先行きがよくわからない方が、楽しそうじゃないか。乗り物があるかどうか確かめることはあるが、それ以上は成り行きでいい。
 バスの切符を売る社員は、私が「ビルバオ」と言うと、「15,45」と書いてある紙を示し、「オイ? マニャーナ?」と聞いた。ビルバオ行きのバスは15時45分に出る。きょう行くのか、明日行くのかと聞いているのだ。時計を見ると、1時ちょっとすぎ。2時間ほどの街散歩はできる。レオンの大きさがわからないから、それでどれだけ歩けるのかわからない。2時間の散歩か、26時間の滞在か。どちらにしても、ビルバオ到着は夜だ。バスの窓口の順番を次の人にゆずり、カウンター脇でちょっと考えた。よし、2時間散歩して、この街を出よう。もともと、期待などしていない街だ。窓口に並びなおし、今日の午後出るビルバオ行きの切符を買った。
 バスターミナルを出て、ベルネスガ川を渡った。工業地帯から旧市街への旅だ。