908話 イベリア紀行 2016・秋 第33回

 
 ややこしいが、ちょっとバスクの話を

 ベレー帽は、バスクが発祥で、バスクの男の象徴のように言われ、テレビ番組の旅番組でバスク地方を取り上げると、帽子店探訪をするが恒例である。しかし、ビルバオ街を散歩していてベレー帽をかぶっている人を見かけるのは、1日に1例くらいだった。たぶん、純農山村ではもっと多いだろうが、農山村に老人が多いからだともいえる。
 バスク人の国はない。ビスケー湾に面した地域で、フランスとスペインの国境の両側にバスク人居住地域がある。フランス側はバイヨンヌが中心地だが、行政的にはほかの都市と変わりはない。スペイン側には、バスク自治州があり、自治が認められている。州都はもっとも人口が多いビルバオではなく、第2の都市ビトリアである。
 バスク地方の中心地ビルバオでさえ、バスクの象徴であるベレー帽をかぶっている人をめったに見かけないし、「バスクの中心地に来たぞ」という実感もない。スペインにもバスクにもまったくの素人である私にもわかるのは、街でバスク語の表記を見かけるくらいしか、「バスクに居る」と実感することはない。
 「これはバスク語だ」とすぐわかるコツは「K」である。スペイン語カスティーリャ語)にも「K」はあるが、基本的に外国語の表記をそのまま使う場合に限られる。よく使うのは、kilogramo(キログラム)やkilometro(キロメートル)、kiosco(キオスク)などだ。
バスク語には、「K」はいくらでもある。道路名など路上でもよく見かける。日常よく使う単語にも、「K」がある。
 cafe→kafe、camino→kamino(道路)、banco→banku(銀行)
 Kのほか、Xもよく見る。スペイン語shampuは、バスク語ではxanpuになる。
バスク語が日本語と同様に、どの言語とも関連が認められない孤立語だというのは知られている。上にあげた例は、わかりやすくするためにバスク語に入ったスペイン語の例をあげたから同じ単語なのであって、「なんだ、スペイン語バスク語の違いはその程度か」と誤解しないように。
 ちなみに、かのゲルニカも、スペイン語カスティーリャ語)では、Guernicaと綴るが、バスク語ではGernikaとなる。どちらの表記を使うかで、政治姿勢が決まる。ウィキペディア英語版ではGuernicaを見出し語にしている。「地球の歩き方」は、Gernikaを採用している。バスク人の象徴であるベレー帽は、バスク語でtxapela(チャペラ)である。
 バスク人とはどういう人をいうのか。ポイントは言語と自己意識だ。バスク語を話す者と、バスク語がしゃべれなくても「自分はバスク人だ」と信じている人はバスク人だ。別の言い方をすれば、バスク地方で育っても、「自分はバスク人ではない」と思っている人は、バスク人ではないということになる。
 スペインの他の民族と違う宗教を信じているというわけではなく、生活習慣が独特というわけでもないらしく、外見的には男がかぶるベレー帽くらいしか特徴がない。
 バスクについてちょっと調べてみて初めて知ったのは、「バスク」が他称だということだ。スペイン語では、ラテン語から派生したVascosを使う。ポルトガル語ではBasco。日本での「バスク」という呼称は、フランス語のBasqueが語源らしい。バスク語で「バスク語」は、Euskaraエウスカラといい、「バスク人」は、Euskaraldunakウエスカラルドゥナック、バスク語を話す人の意味だ。
 それで、「ああ、そうか」とわかったのが、ETA(エタ。日本では「バスク祖国と自由」と翻訳されている)だ。バスクの解放と独立を目指して1961年以降、スペイン各地でたびたびテロを繰り返してきた武装組織ETAに、バスクのVかBがない理由がわかった。この組織が、“Euskadi Ta Askatasuna”(「バスクと自由)の意味」だからだ。
 スペイン内戦時、フランコ率いる反乱軍に抵抗したバスクは、フランコ独裁政権の時代(1939〜75)になると、バスク語の使用が禁止されるなど徹底的に弾圧を受け、それに対抗するためにIRAアイルランド共和軍)を参考に生まれたETAは、2010年に武力闘争の終了を宣言している。
 『現代バスクを知るための50章』(萩尾生、吉田浩美編著、明石書店、2012)によれば、日本でバスクがブームになったことがあったそうだ。その火付け役となったのが、司馬の『街道をゆく 南蛮の道』(1984)だというのだが、そういういきさつを私はまったく知らなかった。司馬の本だから、ETAのことなどは出てこなかったと記憶するが、参考資料にはなった。ちなみに、この街のバスク博物館はすばらしく、バスクを知る参考になる。
 バスクカタルーニャの政治的な違いなど論じれば長くなる。興味がある人は、自分で調べてください。

 ビルバオといえば、このグッゲンハイム美術館だが、このオブジェを美しいともすばらしいとも思わない。私は芸術に興味と理解がないが、このコラムのために撮影した。収蔵する美術品を見るよりも、川から街を見る方を選んだ。