921話 イベリア紀行 2016・秋 第46回

 川を見に行く その2

 地図によれば、この川はRio Manzanaresという。この語で思い浮かぶことがある。manzanaはリンゴのことだ。食べ物のスペイン語は多少知っている。manzanarは「リンゴ園」のことだと辞書でわかる。Manzanarは、スペイン語では「マンサナール」だが、英語風の発音なら、マンザナー、あるいはマンザナールとなる。第二次世界大戦中に、日系アメリカ人の強制収容所があったカリフォルニア州の地名もまた、マンザナール「リンゴ園」だったのだ。スペイン語では「z」は「ザ」ではなく「サ」に近い音なので、「マンサナール」である。
 マンサナーレス川流域には、観光客はまず来ないだろう。迫力も威厳も魅力を感じさせない存在なのだが、調べてみれば、ちょっとうなる。マドリッドの北にあるグアダラマ山脈を水源にして南下したこの川は、マドリッドを経てさらに南下して、アランフェス方面に至ると大河タホ川Rio Tajoに合流して、西に進む。川の水は山脈にさえぎられて地中海方向に南下せず、西進を続ける。国境を越えてポルトガルに入ると、テージョ川Rio Tejoと名を変えてリスボンに至る。私がリスボンで毎日眺めていたテージョ川の数多い支流のひとつが、マドリッドを流れているこのマンサーレス川だったのである。マドリッドリスボンというふたつの首都が、川でつながっているとは想像もしていなかった。
 石積み風のセゴビア橋や岸から眺めるマンサーレス川には、砂州ができていて草が茂っている。それがあまり美しくないのだが、じっくり眺めていると動くものが見える。オシドリだろうか。橋の右下に四角く囲んだ部分があり、養殖池かと思った。橋の左手にも同じような囲いがあり、噴水の器具が埋めてあることがわかった。
 川岸は整備されすぎていて、おもしろみはないが、散歩やジョギングには便利だろう。川岸の遊歩道を北に歩くと、もう1本の橋がある。Puerte del Rey王橋を渡ると、王宮方向に至る。
 
 1584年完成のセゴビア橋の碑だが、現在の橋がその当時のままとは思えない。


 散歩を始めたばかりだから、ここでもう戻るのはおもしろくないので、さて、これからどう楽しむかと地図を見れば、湖らしきものがあるとわかる。Lago Casa de Campoカサ・デ・カンポ湖だ。
 カサ・デ・カンポの文字通りの意味は別荘だが、ここはかつて貴族の猟場だったところだ。セゴビアなどマドリッドの北から下ってくると、マドリッドは森の街だという印象を抱く。その森というのが、このカサ・デ・カンポで、広さは1700ヘクタールというから、4キロ四方以上の広さだ。遠くからみれば森だが、中に入ってしまえば疎林である。サバンナである。下生えの手入れが行き届いているからではなく、気候的に、おそらく湿潤アジアのような深い森にはならないからだろう。
 王橋を渡らずに反対方向に行けば、湖に行けるのだろう。林の中のゆるやかな坂を登ればいいはずだが、林の中で迷いたくないので、向こうから来た人に声をかける。エリートサラリーマンの休日という姿だ。
 「湖はこの先ですか?」
 「そう、まっすぐ」
 「歩いて、あと5分くらいですか?」
 「1分、いや30秒かな」
 そう言ってほほ笑んだ。
 そのとおりに、1分もかからずに湖に着いた。地図を眺めて目測すれば、東西数百メートルの広さというところだろうか。湖か沼か池か判断に悩むところだが、日本語ではその区別は明確ではない。スペイン語でも同じだ。地図を凝視しても流れ込む川も流れ出る川もない。
 湖のすぐ脇にはロッカールームがあり、掃除中だ。おそらく、ボート競技をする人たちの更衣室やシャワー室なのだろう。湖面では、作業員が貸し出し用遊覧ボートを並べ、営業の準備をしている。湖畔を歩くと、レストランやカフェが見え、行楽地という感じがしている。どの店も、ランチタイムの準備をしている。コーヒーを飲みたい気分だが、まだ店があかない。毎日7時ころには起きて、朝食後すぐに散歩を始めるから、「もうだいぶ歩いたな」と思っても、まだ10時過ぎということがよくある。
 レストランが立ち並ぶ地区とは道路をはさんで反対側に、地下鉄10号線のラゴ駅があるが、まだ昼飯も食べていないのに散歩を切り上げるのは早すぎる。さらに疎林を歩く。
https://www.youtube.com/watch?v=yyWw_MfRsoU

 河畔から新市街に入る。観光的価値はないが、建築観察者としては、ベランダの改造など、注目すべきポイントはある。分譲アパートは、写真のようにベランダを改造して、居室にしているウチもある。