923話 イベリア紀行 2016・秋 第48回

 川を見に行く その4


 公園の散歩を続けていたら、自動車の走行音が聞こえてきた。大通りに近づいたらしい。鉄柵の向こうに大通りが見える。殺風景な公園散歩には飽きてきたし、朝飯を食べて以後、飲まず、食わず、出さずだから、どこかで昼飯にしようと思い、公園を出た。この大通りは、ポルトガル大通りだということはすぐにわかったが、今自分がどこにいるのか正確な場所が分からない。まあ、困れば、大通りの下を地下鉄が走っているのだから、それに乗ればいい。
 その辺に食堂かカフェでもあるかと思ったが、住宅地なのでなかなか見つからないが、しばらく歩くと、通りを渡ったところに食堂が見えたので、そこに決めた。
 “Menu del Dia 9€”
 店先にこう書いた看板が出ている。「本日の定食 9ユーロ」。前菜やメインディッシュのリストが黒板に書いてあるが、手書きだから読みにくい。まあ、なんでもいいや。
店先で立ち止まったら、おばちゃんがでてきて、「さあ、こちらへ」と、なかのテーブル席に案内した。日本風にいえば、三畳間の個室でひとりで食べるようなものなので、いや、外にしようと、路上のテーブルに座った。
 前菜の説明を聞き、野菜サラダにする。メインは魚。チキンにしたら、鶏肉をただ焼いただけの料理だとつまらないので、なにもわからないまま「魚」を選んだ。
 「飲み物は?」といういつもの質問には、「水」と答えてからトイレに行った。これが本日2回目の排尿。いつもふらふらとあちこちへと散歩をしているので、頻尿でも下痢気味でもない我が体をありがたいと思う。トイレが心配だから、水は極力飲まないようにしようとしているのではなく、むしろ逆で、バッグにはいつも水が入っている。どんどん水を飲んでも、汗で出ていくので、トイレ探しで苦労したことがない。幸せなことだ。
 食堂のトイレから戻ってすぐに、前菜のサラダが運ばれてきた。皿に、レタス、トマト、ゆでタマゴ、オリーブが盛られ、その中央に缶詰のツナが散らしてある。ポルトガルでもスペインでも、手軽に使えるツナ缶はよくつかわれる。マグロやカツオの輪切りのままの巨大な缶や、細かいフレークになったものなど各種ある。
 このサラダは、テーブルの酢と塩とオリーブオイルを振りかけて食べる。考えてみれば、大量の生野菜を食べる機会はほとんどない。ムシャムシャと音が出るほどレタスを食べているのは楽しい。
 メインディッシュの魚は、舌平目のフライだ。もちろん、パンがつく。魚の身が水っぽいのが難点だ。せめて一夜干しにすれば、よりおいしくなっただろうに。ここはナイフとフォークの国だが、こういう魚を食べるときは、ほとんど指でつまんで食べている。小骨を吐き出しながらの摂取作業だから、フォークで上品にというわけにはいかない。南欧はこれでいいのだ。
 デザートはアイスクリームかコーヒーかのどちらかなので、「カフェ」と注文した。
 「カフェ・コン・レチェ?」
 「シー」(はい)
 コーヒーはコップで来た。南欧の習慣なのか、ミルクがたっぷり入ったコーヒーは、ガラスのコップに入れてでてくることがある。ポルトガルでも、「ガラオン」といえばミルクコーヒーがコップで出てくる。これは、ミルクコーヒーの大盛りである。スペインにこの大盛りコーヒーはないが、この店のように、コップに入れてたっぷり飲ませてくれる店はありがたい。
 ガラスコップでコーヒーを飲む習慣は、アジアが先か、南欧が先か。
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 日本円にすれば、1000円ほどの昼飯。まあ、日本と同じくらいか。サラダの量は、スペインの方が多いと思う