925話 イベリア紀行 2016・秋 第50回

 
 スペイン映画を見る その1


 今回のマドリッド滞在中にぜひ行きたいコンサートはなさそうなので、映画をチェックした。スペイン映画はそれほど多くは製作されていないだろうから、ちょうどうまく上映しているかどうか不安だった。*註
 宿近くのシネマコンプレックスに行った。10本の映画がかかっている。どの映画もスペイン語のタイトルがついているから、どれがスペイン映画かわからない。従業員に聞いたら、「これ」と1本の映画を教えてくれた。現在上映中のスペイン映画は、これ1本だけだ。ありがたいことに、夕方の回に限り、英語字幕がつく。ポスターには男の顔がこちらを向いえている。
 “Que Dies Nos Perdone”
 「神よ、我らを許したまえ」というような意味だろうと想像はつくが、内容はわからない。犯罪やアクション映画の感じがするポスターだが、もしかしておもしろいかもしれない。選択の余地はないので、この映画を見ることにした。
 ジャンルで言えば、サスペンスであり、警察相棒物語だが、全体的に暗い。
 ベラルデ刑事(Antonio de la Torre)は、いつもスーツ姿で、吃音。独身。アルファロ刑事(Roberto Alamo)は、スキンヘッドでラフな服装。直情型で署内でも暴力事件を起こす。既婚、娘がいる。2011年の暑い夏に、アパートで老婆の死体が発見された。強盗殺人だろうと思われたが、ベラルデは「何か変だ」と思った。部屋は荒らされていない。階段から突き落とされている。恨みか。「もしや?」と思ったベラルデは、「おい、被害者がパンツをはいているか確かめろ!」と叫ぶ。捜査員が被害者のスカートをめくって、「おお!」と声を上げる。それが、この先次々と起こる老婆連続強姦殺人の最初の事件だった。
 次の動画で予告編を見ることができるが、できの悪い予告編なので、内容がまったくわからない。それでも、この映画の雰囲気はわかるだろう。
http://www.sensacine.com/peliculas/pelicula-240866/trailer-19548666/
次々に老女強姦殺人事件が起こり、捜査は続き、容疑者らしき人物は浮かぶが決め手がない。捜査のやり方などの行き違いと、アルファロ刑事の私生活でのトラブルもあり、ふたりの刑事の間に軋轢が入り、コンビを解消する。そして、また強姦事件が起きた。現場をもう一度点検しようと、ひとりでやってきたアルファロは、かつてベラルデがやっていたように、被害者が最後に見たに違いない景色を見ようと、床に寝ころび天井を見つめる。ふと横を見ると、家具の下になにか光るものがある。取り出すと、ペンダントだ。その部屋のドアの陰に、潜んでいる男がいた。そのペンダントを取り戻しに来た犯人だ。犯人はアルフォロを襲い、逃げる。アルファロはベラルデに電話をかけて助けを求めようとするが、ベラルデは恋人とベッドにいて、電話の電源は切ってあった。
 アルファロは死んでいた(扇風機で殴られただけで死ぬというのは、やや説得力に欠くが・・・)。手にはペンダントが握られていた。そこから犯人の手掛かりをつかみ、犯人を突き止めたが、すでに逃亡していた。
 それから3年、ベラルデは刑事を辞めて、犯人を追っていた。そして、雨の日に、地方都市でその犯人をついに見つけて、近寄り、殴り、絞め殺す。親友を殺した者への復讐を遂げる。そして、アマリア・ロドリゲスの歌声が流れる。
 英語の字幕を頼りに見た映画のあらすじを紹介しただけでは、この映画の深さがわからない。映画の全編に流れる暗さは、「サスペンスだから」という単純なものではないはずだ。帰国後に、この映画の解明を始めた。
 *註 調べてみれば、スペインの年間映画製作本数は、2013年の例では世界8位の186本だ。ちなみに、9位は韓国の158本。日本は448本、フランス230本だ。予想以上に制作本数が多いのは、アメリカ大陸を中心に、広大なスペイン語映画圏があるからだろう。しかし、マドリッドを歩き回った感覚でいえば、スペイン映画の上映は多くないという印象だった。