930話 イベリア紀行 2016・秋 第55回

 セゴビア


 マドリッドを基地にして、近郊に出かけようという計画もあったのだが、街歩きがおもしろくて、日帰り旅行をしたのは石積みの水道橋で知られるセゴビアだけだった。セゴビアは2度目になるはずだが、1975年の旅はほとんど覚えていないのだ。
 マドリッドの北にあるチャマルティン駅に行ったのは、はっきりと覚えている。1975年のチャマルティン駅は、当時としては驚くほどモダンな駅だった。待合室には円形のバーのようなものがあり、酒が飲めるようになっていた。壁には、列車の行き先と発着時刻を知らせる表示板がカチャカチャと音を立てて変わる光景は、国際空港のようだった。こういう表示板は、専門的には反動フラップ式案内表示機というらしい。
https://www.youtube.com/watch?v=QIIwwgV5NJk
 設備が整ったチャマルティン駅の唯一の欠点は、案内板の表示通りに列車が発着しないということだった。こういうのを、宝の持ち腐れという。セゴビア往復の列車内のことも覚えている。銃を手にした治安警官が各車両にそれぞれふたりいて、乗客を見張っていた。それはおぼえているのだが、セゴビアの風景は覚えていない。14年前には、チャマルティン駅を再訪した。基本的には昔と同じだったが、くたびれた感じがした。「こんなに小さかったか」という印象だった。
 今回は、地下鉄工事のため、ソルからチャマルティンに行くのが不便なので鉄道は使わず、セゴビアにはバスで行った。セゴビアの水道橋は、想像していた通りに「よくも、まあ、こういう石積みの橋を作ったものだ」と感心し、ここに来た日本人ならほぼ全員が抱くであろう感想、「地震がないから、こんな建造物を平気で作るんだよなあ」だった。そして、やはり想像していた通り、すぐに飽きた。
 観光客がいない路地に入り、観光客しか歩いていない街を歩き、韓国人や中国人の団体とすれ違い、裏道にはいれば、誰もいない昼下がりの風景で、日本の田舎と同じだ。こんな街で育った若者は、できるだけ早く脱出したいと思っているだろう。
 このセゴビアでもっとも感動的だったのは、バルだった。観光地のバルは高いだろうと覚悟をして店に入った。カウンターに座り、カウンターに作り置きしてあるイカスミのパエジャ(パエリア)を指差したら、コーヒーの受け皿よりもちょっと大きい皿に盛って、パンといっしょにでてきた。これだけでは足りないので、豚の顔、沖縄では「チラガー」(たぶん、「ツラの皮」の意味だろう)と、トマトの煮物も注文した。すでに作ってある料理だから、指さすだけでいい。これにもパンがつく。飲み物は500ccのペットボトルの水で、合計がなんと2.70ユーロ。あまりにうれしくて、サービスが素晴らしい店主に、1ユーロのチップを渡した。ここの昼飯が3.70ユーロでも安いのだ。一人で旅する者は、この店のように、少しずつ何皿か食べられる食事がありがたい。

 セゴビアの町の外は、ちょっと前まで畑だったのだろうが、荒野に見えた。

 これが、水道橋。通常は見上げた写真ばかりだから、上から撮ってみた。


 具はほとんどなかったが、うまいパエジャだった。