935話 イベリア紀行 2016・秋 第60回

 コーヒーを探って その1

 スペイン人が飲んでいるコーヒーの基本は、エスプレッソを小さなカップで飲むカフェ・ソロだ。ミルクなし、砂糖は好みの量を入れる。その量は、現在の日本人からすれば、「けっこう甘い」というほど入れるようだ。ミルクを入れるコーヒーは、ミルクの量でいくつかの名前がある。全日本コーヒー協会の資料では、ミルクを入れないでコーヒーを飲むスペイン人は10~15パーセントくらいだという。
http://coffee.ajca.or.jp/webmagazine/abroad/75ab2_spain
 カフェ・ソロに湯を入れたカフェ・アメリカーノは大都市ならどこのカフェでも作ってくれるが、「外国人専用」の域を出ない。カフェ・アメリカーノはたまに外国人が注文するだけなので、基準がない。湯の量は店によりかなりの差があり、コーヒーの2倍から4倍くらいの湯を加える。
 カフェ・アメリカーノは、今やどこのカフェでも通じるメニューだから、アメリカ式ファーストフード店にも当然あるだろうと思ったが、念のために一応確かめに行った。マクドナルドのメニューに、「カフェ・アメリカーノ」はない。念のため、わざわざKFCに行ってコーヒーを注文してみたら、写真のような小さな紙コップに入っていて、日本なら「味見」の容器だ。このアメリカ式ファーストフード・チェーンは、完全に現地化していた。

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 バーガーキングのコーヒー。小さなカップに、まったく苦味のないコーヒーが半分入っている。ふた口分か。

 「スペイン人は薄いコーヒーは好きではない」と思われているようだが、「そうかなあ」とも思う。私は朝食のときは、量を多く飲みたいのでカフェ・アメリカーノを注文するが、散歩の休憩や食後に飲むコーヒーは、カフェ・ソロということもある。砂糖を入れないエスプレッソは、さぞ濃いだろうという予想に反して、濃くなかった。日本の、昔ながらの喫茶店のコーヒーのほうが、よほど濃い。あるいは「苦くない」と言った方がいいのか。砂糖もミルクも入れずに、何杯でも飲める。もしかすると、ドトールの「ブレンド」と同じくらいの濃さかもしれない。
 「フレスコ」という食べ放題レストランがスペイン国内に何店かある。コーヒーも飲み放題だからありがたい。コーヒー・マシーンを自由に使えるのもうれしい。私は、カフェ・コン・レチェ(ミルク・コーヒー)用の大きめのカップに、カフェ・ソロを2杯分注ぐ。デザートを食べながら、そのコーヒーを3杯は飲むから、カフェ・ソロを6杯分飲むことになるのだが、「濃くて飲めない」などということはまったくない。焙煎が浅く、酸味も少なく、苦みも少ない。他の店でも同様で、カフェ・ソロに砂糖を入れて飲んだことがない。
 だから、「スペイン人は薄いコーヒーが嫌い」とか「濃いコーヒーが大好き」というのではなく、「スペイン人は、1度に少しのコーヒーしか飲まない」というのが正解のような気がする。スペインのコーヒー事情に関しては、いくつもの疑問がある。
スペインからの帰路、中国国際航空の機内で隣り合わせたスペイン人の中年男性は、「できれば中国の飛行機には乗りたくなかったんだけど、雲南のシンポジウムに出るためには、この飛行機じゃなきゃ日程的に無理で、しかたなく乗ったんだけど・・・・」という話題をきっかけに雑談が始まった。
 「シンポジウムというのは、どういう内容のものなんですか?」
 「コーヒーに関するものです」
 「そこで、どういう発表をするんですか?」
 「コーヒーと健康です」
 「ということは、あなたは医師ですか」
 「医師免許は持っていますが、診療はしません。医学研究者です」
 まったく偶然に、医学的見地からではあるが、「スペイン人とコーヒー」について研究しているスペイン人と出会ったのだから、私の好奇心が刺激された。
機内の、退屈な時間を利用して、臨時の「スペインコーヒー雑談会」を開催することを、勝手に決めた。