937話 イベリア紀行 2016・秋 第62回


 コーヒーを探って その3


 カフェで使うカップは全国で何種類くらいあるんだろうか。日本ではどうなんだと考えても、コーヒーカップの大きさやデザインが多すぎて考えるだけ無駄なのだが、スペインではたぶんできる。「5種類以下」あるいは「3種類以下」と言っても、それほど外れないだろう。白一色の、厚くて重いカップだ。そのこと自体に不満があるわけではない。日本でたまに見かける、金銀多色のゴタゴタした高額カップを使う店よりは好感が持てるのだが、無色カップの機能という点では、また別の話だ。
 カフェのカップは、デミタスをよく使うから、持ちにくい取っ手でも、親指と人差し指で強く挟めば、カップを持ちあげられる。しかし、カフェ・コン・レチェのカップは大きいので、取っ手に指を入れないと安全に持ち上げられない。それなのに、私の細い指でも入らないほど穴が小さいカップにときどき出会う。あれは不良品だ。指が入るが、重量バランスが悪く、傾いてしまうカップもある。カップとテーブル面を平行に保てないのだ。そこで、中指か薬指を支点にしてさせようとすると、カップが熱くて、指をやけどしそうだ。
 わかりやすく言えば、こういうことだ。カップの取っ手の輪に人差し指を入れ、その上に親指が来る。カップが重かったり、バランスが悪いと、この2本の指だけではカップを持ち上げられない。無理に持ち上げようとすると、なかのコーヒーをこぼす。そこで、中指か薬指を支点にして支えることになるのだが、取っ手が小さいから、指がカップの側面にあたる。これが熱いというわけだ。
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 持ちにくいカップとは、こういうカップ。人差し指と親指の力が必要だ。

 コーヒーを研究している医者と話をしていて思い出したことがあった。知りたかったが、調べるチャンスを失っていたことだ。
 「カフェで、カフェ・コン・レチェ(ミルクコーヒー)を注文すると、『ミルクは温めますか?』って聞かれることが時々あるんですが、ミルクは冷たいままでいいなんていう人がいますか?」
 「冷たい」と言っても冷蔵庫に入っているミルクではなく、エスプレッソマシーンの脇に出してあるミルクのことだ。「熱く」というと、蒸気で熱くして出してくれる。
 医師は、口元をゆるめ、「ふふっ」と笑いながら話しだした。
 「それはね、こういうことなんですよ。特に、朝、出勤前にカフェに寄る人は、コーヒーをぐっと飲み干して、すぐさま店を出たいわけです、急いでいますから。そのとき、コーヒーはもちろん熱いわけですが、ミルクまで熱いと、ひと口、ふた口では飲めません。時間がかかる。だから、ぬるいコーヒーにするために、ミルクは冷めたまま入れるというわけです」
 スペイン人がそれほどせっかちだとは思わなかった。そして、もうひとつ重要なことは、日本や韓国、中国など東アジアに住む人たち以外は、たいてい猫舌だということだ。
 例えば、イギリスの紅茶。「紅茶の正しい入れ方」という解説は、ポットを温めて茶葉を入れ、ポットを厚い布で包み保温し、カップも温めておく。そして、カップに紅茶を注ぐ。そこまではいいのだが、そこに冷たいミルクを入れるのが習慣だ。ミルクは温めないのがイギリスの習慣らしい。日本人からすれば、「おいおい」でしょ。日本人にとっての「熱い紅茶」は、イギリス人にとっては、「熱すぎて飲めない紅茶」だから、ミルクで熱い紅茶を冷やすのだろうか。
 スペイン人だって、熱いコーヒーはすぐには飲めないから、急いでいるときはぬるいミルクを入れるのだ。日本人のように、「ズッズッ」とすすって飲むわけじゃないしね。