941話 イベリア紀行 2016・秋 第66回

 インド小魔術団

[ごあいさつ パソコンが急にぶっ壊れ、人間でいえば前後不覚となりましたが、優秀なパソコン技術者の努力のおかげで復活しました。原稿用紙にして100枚ほどの原稿が消えてしまい、「まあ、これで終わりでもいいか」とちょっと諦めたのですが、きょう、真新しいパソコンでキビキビと完全復活しました。速いぞ〜! DellのHPで買ったので、Amazonで買うより25000円安かった。さあ、また始めるぞ]


 あれは、フランスとの国境に近い街ジローナの朝だった。食後の散歩をしていたら、橋の近くでリュックを背負ったバックパッカーが所在無げに立っていた。川を眺めるのでもなく、ただぼんやりと立っていた。早朝この街に着いて、宿にチェックインするのを待っているのだろうかなどと考えながら通り過ぎると、リュックの下に、踏み台のような小さな椅子がくくりつけてあるのに気がついた。椅子を持っての旅? 満席で座れないインド鉄道旅行用ならわからないでもないが、ああ、もしかして画家か。スケッチのときに座る椅子が欲しかったのか。でも、高さ20センチくらいの椅子じゃ小さすぎるだろう。
 朝の散歩を終えて、宿で荷物をまとめ、駅に向かう途中、先ほどのバックパッカーを見かけた。顔を白く塗っているが、服装はさっきと同じだ。椅子に乗り、じっとしている。静止像芸人と呼べばいいのか。橋のそばで、人通りが増えるのを待っていたようだ。
 マドリッドの路上でも、この静止像芸人を多く見かけた。ジローナの芸人のように、道具などいらず、どこででも簡単にできるような芸では、マドリッドでは商売にならない。椅子と化粧品だけではもはや商売にはならず、大がかりな装置が必要になる。十字架を背負ったキリストとか、戦場の兵士とか、ある情景を路上で再現する芸でないと、路上を行き来する人の足は止められない。美術モデルと違い、じっと立っているだけでは商売にならない厳しい世界らしい。
 芸は何もないが、カネと手間がかかっているのが、ぬいぐるみ芸人だ。さまざまなぬいぐるみを着て、いっしょに写真を撮って、撮影料を稼ぐというものだ。2016年秋のソル広場にはポケモンがいた。たぶん著作権無視の存在だろうが、ぬいぐるみの出来が悪くなかった。
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 音楽家やダンサーも多かった。広場や路地で、ひとりでギターやアコーデオンを演奏している老練な音楽家の演奏に、立ち止まる人は少ない。常に一定の客が囲んでいたのは、音楽学校のOBたちで作ったかのようなバイオリン三重奏(バイオリン、チェロ、キーボード)で、パッヘルベルの「カノン」を演奏すれば、通行人の足は止まる。
 空中浮遊芸をやる人も多い。専門に道具を作って売っている業者がいるんじゃないかと思うほど、さまざまな浮遊道具で営業している。ソル広場で常に営業していたのは、私が「インド小魔術団」と名付けたふたり組。写真のように、ひとりが片手で竹の棒を持ち、その上に男が座っている。空中半浮遊である。ネットで探せば、別の浮遊芸の正体を突き止めた映像が公開されているが、ここではリンクを張らない。
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 ある日の午後遅く、私は懐かしの旅をしていた。2002年に泊まっていた安宿周辺のセンチメンタル散歩である。ソル広場からちょっと路地を入ったあたりに、かつてよく通ったアルベニス劇場があり、閉鎖された現在の姿を撮影していると、目の前をターバン姿の男がふたり通り過ぎた。マドリッドはインターナショナルだなどとおもったが、あの男たち、見たことがある。インド小魔術団の御一行だ。ふたりがどこに行くのか気になって尾行すると、オフィスビルの脇に座り、本日の給金を助手に支払っている最中だった。ここでカネを渡すということは、魔術団は劇団ひとりで、公演によって日雇いの助手を使っているということか。

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 ある日、アルベニス劇場跡の撮影をしていたら、インド人が・・・。どこかで見かけたなあ・・・。
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 あっ、あのインド小魔術団か。日当の支払いをっここでしていた。こういう光景に出会うこともあるから、散歩は楽しい。
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 おまけ 小休止はこうやって身を隠し、空中で休憩する。