946話 イベリア紀行 2016・秋 第71回

タパス&ピンチョス


[旅を終えたので、連載を再開します。今回の旅の話は、いずれ後ほど]

スペインの食文化に興味がある人なら、サンティアゴ・デ・コンプステーラ巡礼を描いたアメリカ・スペイン合作映画「星の旅人たち」(エミリオ・エステベス監督、2010年)で、「バスクではタパスはピンチョスと呼ぶ」とスペイン人が言うシーンが気になるはずだ。少なくとも、記憶に残っているはずだ。
タパスとピンチョスの関係はやや面倒だが、それにしてもこの説明は間違いだ。ネットの英語ページに、「タパスとピンチョスはどう違う」というタイトルで説明しているものがあったが、説明になっていない。解説者さえわかっていないのだ。
というわけで、交通整理から始めないといけない。
タパスtapasとは、tapaの複数形で、つまみのことだ。その語源を、グラスに「ふたをするtapar」だとしているが、あまり合理的説明ではないが、語源の話はこの際どうでもいい。現実の意味は、「酒のつまみ」だ。
日本の居酒屋でもやるのだが、スペインのバルでも、あらかじめ作った料理を小皿で出す場合と、注文に応じて作る料理がある。ひとり旅の私が困るのは、あらかじめ作った料理を温めて、2人前か3人前くらいの盛り合わせで出す場合だ。『世界の食文化 スペイン』(立石博高、農山漁村文化協会、2007年)によれば、タパスとピンチョの変化を次のように書いている。
タパスは酒のつまみなのだが、都市生活のせいで、帰宅して昼食をとるヒマのない人で、レストランで食事する時間とカネのない人は、バルでタパスとパンとワインかビールの昼飯にする人が増えて、タパスの種類が増えてきたという。日本風の表現をすれば、タパスが夜のつまみから、昼のおかずとしても注目されてきたということだろう。同時に、手軽に食べられるタパスは、外国人観光客にも人気が集まり、バルでは積極的にタパスを売り出すようになる。
タパスはアンダルシアから全国に広まったようだが、ここ20年ほどの間に、バスクで生まれたピンチョスなるものに人気が集まるようになった。スペイン語でpincho、バスク語ではpintxoの複数形で、「串」の意味だ。つまり、楊枝に刺した料理がピンチョスということになる。斜め輪切りのバケット風パンに種々の料理を乗せて楊枝で止めたものが多いが、青唐辛子やオリーブやイワシを楊枝で止めただけで、パンのないものもピンチョスに含まれる。
バスク地方ではどうか知らないが、マドリッドバルセロナなどでは、ピンチョスの歴史は新しいと思う。Pinchosをタイトルにした本は、ほとんど21世紀に入ってから出版されたものだ。ただし、羊肉の串焼きのようなものは、以前からピンチョと呼ばれていた。
ところが、ややこしいことに、楊枝をさしていない料理もピンチョスと呼ぶレストランが出てきたようだ。先ほどの『世界の食文化 スペイン』にそういう記述があり、ネットの画像でも確認できる。
http://www.sagaretxe.com/es/barra-de-pintxos-restaurante-sagaretxe
https://yumandyummer.com/2012/05/28/trust-issues-and-pintxos-in-san-sebastian-spain/
こうなると、「ピンチョス=楊枝」という公式はもはや成立しない。揚げ物や煮物のタパスとは外見が違うが、タパスとピンチョスの違いは次第に不明確になってきたことがわかる。
最後に、印象に残るタパスをメモしておく。よく煮込んだキノコを皿に盛り、その上にタマゴの黄身を乗せて、オーブンで1分。同時にオーブンに入れていたパンをちぎって、キノコの黄身和えにつけて食べる。「外国人は生卵は食べない」とよく言われるが、半熟目玉焼きの例があるように、白身に火が入っていれば、黄身は生でもいい。その方が「好ましい」と思う人も少なからずいることがわかる。ビルバオの食堂で食べたのだが、あまりにうまくて、食べ終えるまで写真のことはまったく頭になかった。

小皿に盛ってくれればいいが、ひとり旅の者にはこの量でたとても注文できない。勇気を出して注文すると、胃袋に苦痛を与える。


 貝とタコを注文したら、この量だ。小皿を期待したのだが・・・