947話 イベリア紀行 2016・秋 第72回

 ピンチョスは飲茶か回転ずしである。


 考えてみれば、1日1回はピンチョスを食べていたような気がする。酒を飲まないのだが、ピンチョスは私の食趣向にぴったり合っていた。ひとり旅する者には、いろいろ食べられるピンチョスはありがたい。次のような体験をしたので、なおさらだ。
 ある日のあるレストランで、豚の顔皮を注文した。メニューを見て注文したとは思えないので、あらかじめ手を加えた形で店頭に置いてあったのだろう。ボーイは皿に豚皮を取り、厨房に消えていった。しばらくして姿を見せた皮は、ただ皮をフライパンで炒めただけで、豚皮しかない。例えば、これが中国料理なら、豚皮にタマネギやピーマンなどを加えるか、長ネギかニラなどを加えて、彩りや歯ごたえや香りを考えるのだが、マドリッドのこの店の料理は、豚皮だけを炒めて、皿に山盛りにしてある。レモンを添えることもない。セロリの葉を敷くということもない。100パーセント豚皮である。タイ料理のように、香辛料がたっぷり入っているわけではない。たぶん、塩とオリーブオイル以外入っていないと思う。こういう飯はいやだ。
 というわけで、なおいっそうピンチョスを食べるようになった。輪切りパンの上に、こんな料理がのっている。
 ポテトサラダと酢でしめたイワシ
 イカリング揚げ
 チョリソ(辛いソーセージ)
 タマゴ焼きに生ハム
 生鮭と茹でたウナギの稚魚
 ジャガイモのオムレツ
 バカラオ(塩タラ)のオムレツ
 タコの酢漬け
 クリームチーズとアンチョビ
 その他多種多様

 こういうピンチョス3個と、水かコーヒーか、ごくたまにビールで、1回の食事になる。料金は、食べる料理によって違うが、合計6〜8ユーロくらいか。かなり空腹だったり、食べたいものが多かったときは、4個食べることもあり、そうなると10ユーロくらいになることもある。
 ピンチョスを出すバルでは、メニューを見て注文することもできるが、多くはあらかじめ作ってカウンターにのせてある。だから、客は、料理を指さすだけでいい。店によっては、自分で皿にとる方式もある。スペイン語ができなくても、料理の名前を知らなくても、なんら不便はない。
 それで気がついたのは、ピンチョスは飲茶であり、回転ずしだと言ってもいい。ということは、できるだけ多くの種類の料理を食べたければ、なるべく大きな店を選ぶことになる。裏通りの、趣味のいい店は、写真ではよくても、ピンチョスの品揃えは多くない。もちろん、味や質のことはわからない。
 だから、グラン・ビアのTXAPELAという大きな店に通ったのは、豊富な品揃えのせいだ。この店がバスク系だということは店名の綴りからわかるが、それ以外のことは帰国後にインターネットをしらべてわかった。
 まず、この店名は「チャペラ」と発音し、バスク人が好むベレー帽のことだ。それが店のマークでもあるから、バスク色を全面に出していることもわかる。チェーン店の予感はしていたが、マドリッドよりもバルセロナの方が店舗が多い。2年前によく歩いていたバルセロナの通りにも店があるのだが、その当時は気がつかなかった。日本人旅行者の報告では、なんと日本語メニューもあるそうだ。私が通ったマドリッドの店は、グラン・ビアという大通りに面していて、100人以上入れる大店舗だから、「知る人ぞ知る店」などとは思っていないが、まさか日本語メニューまであったとは。
http://kamimura.com/?p=4758
http://www.happytraveler.jp/2015/03/txapela.html
 上の情報と写真を見てわかったのは、この店でも楊枝を使わないピンチョスがいくらでもあることだ。私はカウンターに並べてある数十のピンチョスから選んでいたからわからなかったが、メニューを見て注文すれば、楊枝のない新作料理が食べられるらしい。

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 コロッケ&チョリソ、トマト&チーズ、イワシ&ピメント

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 生ハム、バカラオのオムレツ、ポテトサラダ、サーモン&ウズラ