948話 イベリア紀行 2016・秋 第73回

WOK


その昔、銀座の中国料理店で働いていたころの話だ。まだ駆け出しのコック見習いのくせに、アメリカの中国料理事情を知りたいという頭でっかちで、当時、店の近くにあった洋書店イエナに行ってペーパーバックを買ってきて読んでいた。そのときに、wokという単語を覚えた。中華鍋のことだ。
鍋は、中国語(標準となる中国語、普通話という)では、発音記号でguo、カタカナで書けばクオなのだが、広東語発音ではウォックwokとなる。アメリカでwokという語がつかわれているのは、中国料理が香港経由だということがよくわかる。英語で書いてある中国料理の本を読むと、wokという単語はよく出てくるし、本のタイトルにこの語がつかわれている例も多いから、もはや特別な単語ではない。
久しぶりにこの語を看板で見たのは、2年前のバルセロナだった。”WOK TO WALK”という店で、焼きそばとチャーハンの専門店だ。店の感じはファーストフード店風で、安い。その時の体験は、アジア雑語林の680話でほんの少し書いた。
今回の旅で、ビルバオでこの店に再会し、ひょんなことから食べることになった。「ひょんなこと」というのは、夕方にピンチョスをちょっとつまみ宿に帰ったが、もっと食べたくなって、宿近くの店に行ってみたのだ。改めて看板を見ると、WOK TO WALKではなく、WOK VISTAだ。店名のロゴが似ているからパッチ物(偽物コピー店)だと思った。バルセロナの店は、全員西洋人が料理人で、「やはり、そうか」という味だったが、ビルバオのWOKの方は、店員は全員中国人(多分)で中国語で会話していた。客にも、中国人がいた。そして、その店の焼きそばの味は、中国人が作ったという味で、マレーシアやシンガポールの屋台にありそうな味だった。麺がやわらかいのが難点だが、それはスペインだから「腰抜け」の麺なのか、こういう麺がヨーロッパ人の好みだからなのか、どちらかわからない。バルセロナの焼きそばの味は、数か月旅していると食べたくなる味だったが、ビルバオの焼きそばは、もしもこの街で生活していれば、月に何回も来そうな味だった。ビルバオのWOK VISTAの焼きそばは、肉や野菜など何を入れるか選び、大と小を決める。私は「野菜焼きそば 小 3.50 ユーロ」を注文した。キャベツとニンジンが入り、醤油味。「小」でも、日本なら「大盛り」の量だから、充分すぎるくらいある。西ヨーロッパでは比較的物価が安いスペインでも、3.50ユーロで超満腹という料理は、サンドイッチ以外でそれほど多くない。
マドリッドを散歩していて驚いたのは、WOKがつく類似店が実に多いことだ。
 WOK TO WALK、WOK SUN、TAKE WOK、WOK KING、EAT is WOK
 WOKという語はついていないが、「mien 面」(麺を中国では面と書く。麺専門店ではなく、飯もある)、「rice」(麺料理もある)、WOK FRESH(こちらは高級店。1皿9ユーロくらいの料理から、食べ放題システムもある)。
焼きそばやチャーハンのほか、パック入りのすしを売っている店も多い。店で作るわけではなく、仕入れて売るだけだから手間はかからず、そこそこ売れるのだろう。すし屋やラーメン屋と比べると、満腹感という点では焼きそばの方がコストパフォーマンスが高いから、「安いアジア料理部門」では、こういう店の焼きそばとチャーハンが勝っているのだろう。アメリカ的ファーストフード状況ということか。アメリカではとっくの昔から、紙箱入りの持ち帰り中華料理が普及している。
スーパーマーケットに行くと、袋入りやカップ入りのスペイン製ラーメンが何種類も売られている。都市に住むスペイン人にとって、中華麺はもはや珍しい食べ物ではなくなっている。前回のスペイン旅行で、袋入り焼きそばを買ってきたが、カレー風味でなかなかうまかった。Maggiの製品だ。私が買った物とは違うが、maggiの麺はアマゾンでも買える。
インターネットで、この手のWOKの店事情を調べていたら、WOK TO WALKに関するとんでもない情報をつかん。このチェーン店の運営会社は、ここだったのだ。
https://ryutsuu.biz/store/h063031.html
驚いたでしょ? うどんならわかるが・・・・。つい最近、この会社はロンドンでラーメン店を始めた。