950話 イベリア紀行 2016・秋 第75回

 外国料理

 焼きそば店のWOK系の店を除いて、2軒の外国料理店に行った。
 近所にインド料理店が数軒あったのだが、その1軒が”GUJARAT”の看板を掲げていた。グジャラートの料理店なら、ちょっと食指が動く。今回のイベリア旅行を企画する前は、インド旅行を考えていた。その理由は、グジャラートに行ってみようかと考えていたからだ。近々、「甘さの文化」に関するまとまった文章を書かなければいけないので、いろいろ資料を探している。人に話を聞いているなかで、インド料理と甘さの話に触れると、みな口をそろえて、「グジャラート料理は、大甘ですよ。まあ、すごい甘さですよ」という。天下のクラマエ師(旅行人CEO蔵前仁一氏)や、料理人にして画家の武田尋善氏(ユニット「マサラワーラー」)も、そのほか何人もの人たちが、グジャラートの甘い甘い料理について語ってくれた。
 というわけで、「ちょっとグジャラートに取材旅行に行こうか」と考えたのだが、今回の紀行文の最初に書いたように、旅行先をインド亜大陸からイベリア半島に変えたいきさつがあるので、この機会に、「そのグジャラート料理を食べてみようじゃないか」とある夜決心して出かけた。「決心」というのは、いつ見ても、ほとんど客がいないからだ。そういう店で、大丈夫か?
 その夜も、客はいなかった。食べ始めたときに客はおらず、食べ終わるときになっても誰も来なかった。この店の料理は、はっきりと「大甘」と感じるほどではなかったが、うまくなかった。どういう料理を注文したかという記憶が欠落している。つらい体験をすると、その記憶を自分で消すということがあるようだが、そういう心理作用が働いたのだろうか。あまりにひどいので、残したことは覚えている。私が料理を残すことはめったにない。
 もう1軒は、雨の日の昼。いつものように街をほっつき歩いていたら、初めてみるタイ料理店の看板が目に入った。我が宿から歩いて15分以内のところに、タイ料理店は5軒ほどあることはわかっているが、この店にも入る気はない。まずいに違いないと思い込んでいるからだ。まずいか、高いか、その両方だと思ったので、近づかない。ここで高いカネを使って、「タイ料理もどき」を口にしたいとは思わない。
 そのタイ料理店の向かいに、モロッコ料理店があった。私にとってモロッコ料理は、「可もなく不可もなく」という程度なのだが、パンは食べたい。モロッコにもさまざまな種類のパンがあり、今ではクロワッサンやバゲットもあるが、伝統的な円盤のようなパン、アラビア語でホブスと呼ぶパンがいい。私が好きなのは、スパゲティーやマカロニの粉と同じデュラム小麦のセモリナ(ひき割り)を使ったパンだ。表に白ゴマのように小麦粉の粒がのっているのが特徴だ。焼いて数時間以内は感動的にうまいが、半日以上過ぎるとうんざりするほどまずくなる。風味に落差のありすぎるパンだから、はやっている店で食べないといけない。こういうパンで、日本にあるパンでもっとも近いのは、イングリッシュマフィンだろうか。
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 パンの魅力に誘われて、マドリッドのモロッコ料理店に入った。羊のタジン(土鍋の蒸し煮)を注文した。しばらくして、タジン(タジンはこの土鍋の名前。韓国のチゲも同じように鍋の意味だから、「タジン鍋」、「チゲ鍋」と呼ぶのはおかしい)と、かごに入ったパンがテーブルに運ばれてきた。残念ながら、スペインのうまくないバゲットの輪切り。ああ、これなら、こんな店に来るんじゃなかったと後悔しても、もう遅い。
 仕方なく、テレビを見ながら食べる。タジンの料理は本国どおり、可もなく不可もなくだから、食べることに苦痛はない。テレビは、レアル・マドリッドの選手が出演するバラエティーショーだ。遊園地にあるような電動カートのレースをやっている。シーズンオフの、日本のスポーツバラエティーのようだが、まともにレースの中継をやらずに、名場面集を挿入し、選手インタビューを入れる。監督インタビューで、ジダンが現在の監督だということを初めて知ったほどサッカーに知識も興味もないのに、なぜかハメス・ロドリゲスの顔はわかる。
 このモロッコ飯屋の雰囲気は、日本なら日曜日の昼間、ラーメン屋に入ると店員が競馬新聞を熟読しているなか、テレビの野球バラエティーを見ながら、レバニラ炒め定食を食べている感じだ。

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