952話 イベリア紀行 2016・秋 第77回

 ノミの市


 地下鉄ラ・ラティーナ駅近くで、毎週日曜日と祝日に、ノミの市が開かれる。14年前にも行ったのだが、その日の朝は寒く、人手は少なく、閑散としていたという印象だったが、その当時の出版物を読むと、通常は相当な人出があったようだ。
 今回は、ぽかぽか暖かい日で、快晴。ごった返しと言っていいほどの人出だった。以前は、衣料品とカバンとガラクタくらいしか売っていなかったのだが、今回は多彩だ。衣料品にしても、スポーツ用の服や、ジーンズ専門店や、インドものなどエスニック商品もある。中古CDやDVD、ちゃちなおもちゃなど欲しいものは何ひとつないが、見ている分にはおもしろい。
 テントをはった場所では、日本でもおなじみの実演販売をやっていた。商品も、日本でもなじみの調理用具、スライサー。薄切り、千切り、「ほらこうやれば、前菜が簡単に。サラダだって・・・」と、日本とまったく同じ調子でやり、しばらくじっと眺めていたのだが、買う者はひとりもいなかった。
 買い物に興味がないわたしには、ここに来た人たちを相手にした路上コンサートの方がおもしろい。演奏しながら旅をしている若者もいるだろう。そこそこの腕があり、通行人の足を止め、路上で受ける方法を身につけているプロもいる。ただ、よくわからないのは、フラメンコギターを演奏している若い男は、警官に囲まれて、立ち退くように命令されていた。大道芸許可証があるのだろうか。
 露店が集中している大通りから路地に入ってみると、店舗を構えたガラクタ屋が何軒も並んでいることがわかる。私の感覚では、骨董品店でも古道具屋でもなく、ただのガラクタ屋でしかない。安物の皿やナイフ、スプーン。年金で細々と暮らしていたおばあちゃんの家にあった家財道具全部といった商品で、プラスチックのコップや皿もある。燭台やドアノブ、額縁、蛇口なんでもあり。いや、思い出してみると、ベッドやタンスなどはもちろん、便器や洗面台など大物は見かけなかった。古本屋もあったが、ほこりをかぶった本や雑誌が積んであるだけで、倉庫と呼んだ方がいいのかもしれない。
 週に1回の露店市だと思っていたんだが、かなり広い一角にガラクタ屋が何軒も並んでいる密集地だった。店舗を構えているのだから、週に1回の営業だとは思えない。ガイドブックでは読んだことがないが、このあたりはガラクタ屋通りだったのだ。


 数は多くないが、土産物屋もあった。観光客相手だから、ガラクタ屋や古本屋と違って、台の上にほこりひとつない。小さな折りたたみナイフがあった。グリップ(持ち手)が石でできている。
 ちょうどこれくらいの大きさのナイフだった。こんなナイフだった。
 その昔、はるか昔と言っていいほどの昔、私はある女性が好きで、しかし、その人は私にはいっさい関心がなく、私の友人と結婚し、スペインへ新婚旅行に出かけた。そして、旅の土産として送ってきたのが、こういうナイフだった。
 旅をしていたら、果物の皮をむいたり、チーズやソーセージを切ったりと、小さなナイフがあれば便利で、友人夫婦はそういうことを考えて、旅をよくする私に贈ってくれたのだろうが、ちょうどその時代から、ハイジャック防止のために、飛行機の機内にナイフを持ち込めないことになった。旅の荷物は小さくして、いつも機内に持ち込むことにしている私は、そのナイフを持って旅することはなかった。もらってすぐに、どこかにしまい、それっきりになっている。そのナイフとよく似たナイフを、マドリッドで見つけた。露店のナイフを見た途端、「あの頃」のもろもろのことを思い出した。そのときの私の心の底をあの人が見たら、「そんなこと、いつまでも覚えているなんて、男ってばかねえ」と言うにちがいない。
 ひとり旅は、いつも思い出が旅仲間だ。