955話 イベリア紀行 2016・秋 第80回

 小ネタ雑談 その3

■糊 あとで資料になるので、博物館の入場券や食堂のレシートなどをクリアファイルに入れていたのだが、量が多くなると整理が面倒になってくるので、重要なものはノートに張り付けておこうと考えた。それには、まず糊を買わなくては。日本なら文具店や100円ショップやスーパーマーケットにあるのだが、マドリッドでは、さてどこで買えるか。宿のすぐ下でバングラデシュ人が営業している雑貨店に行ってみた。バングラデシュ人なら英語ができるだろうから、「グル」と言えば通じると思ったが、英語が得意ではないらしい。私の発音が悪いのかもしれないと思い、ノートに”glue”と書いてみたが、「何のことだ?」と言われてしまった。
 急ぐわけではないので、散歩をしつつ、糊を売っていそうな店を探したのだが、なかなか見つからない。スーパーにも行ってみたが、糊は見つからない。路地に、雑貨屋があった。中国人の店主の姿が見えた。試しに、「中国語は読めますか?」と中国語で言ってみると、「対」(はい)の返事があった。糊は「フー」のような発音だが、正確な声調を覚えてないので、書いた方が早いと思ったからだ。
 机の上のメモ用紙に「糊」と書くと、「あー」と言いながら、棚から出してきたのがボンド系の接着剤なので、「リップスティック・スタイル」と、今度は英語で言うと、客の一人が「どうしました?」と英語で聞いてきたので、事情を説明した。客はスペイン語で店主に私が探している物を説明し、店主が口紅型の糊を持ってきた。
「一塊錢」(イークワイチェン)と、にっこり笑って言った。
 これが中国人の表現だ。ここでの意味は「1ユーロ」だが、台湾では1元を口語ではこういう。アメリカでは1ドルをこういう。
 その夜から、日記帳はスクラップブックにもなった。
■コンチワ 王宮の前を通りかかったら、出口に中国人の団体客がいた。おもしろそうだから、中国人客を観光することにした。状況を推測すると、王宮内部の観光をした人が、まだ中にいる人が出てくるのを待っているということらしい。ほとんどの男はタバコを手に、歓談している。おお、また会ったかという親子がいた。昨夜、レストランでピンチョス(パンに料理をのせたもの。オープンサンドイッチと考えれば、わかりやすいか)を食べているときに店に入ってきた親子で、20代後半の娘がメニューを見ながら、ピンチョスを注文を大声で始めたのだが、スペイン語ができないし、英語もあまりできないようだ。その店は、ピンチョスの写真メニューがあるから、「写真を指さすだけでいいんだよ」と英語とジェスチャーで教えてあげたのだが、私を完全に無視して、スペイン語の料理名を叫ぶのだが、なかなか通じない。通じても、店員に「今はありません。少し待てますか?」と言われても、それが理解できないから、また同じ注文をする。こういうやりとりを、私の隣席でやられてしまった。騒がしかった。母親は、「もう、帰ろう」と言いだし、親子喧嘩になり、ああああーというのが前日の夜のことで、その親子が今、私の目の前の十数人の中国人団体のなかにいる。
 王宮前を、数十人の小学生が通りかかった。校外学習で歴史のお勉強に来たのだろう。その小学生たちは、中国人の団体に手を振りながら、「コニチワ! コニチワ! アリガト! アリガト!」と口々に叫ぶ。中国人は心で「コノヤロー」とは思ったに違いないが、無視を決めた。ただひとり、「ワタシ、ニホンジンデース」と日本語で同胞に言って、少し笑いをとった。そのあと、「アンニョン・ハセヨ!! 」(こんにちは)と何度も叫ぶ男の声が聞こえ、韓国人の団体が王宮広場に入ってきた。彼らも、スペインの小学生の、「コンチワ」攻撃を受けたらしい。
 かわいい小学生たちが、「日本人は冷たい。あいさつしても無視した」と思わなければいいが。もっとも、今は、日本人に「ニーハオ!」と声をかけられることも多くなったようだが。
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 王宮正面は撮影しなかったので、せめて後ろ姿を

■映画 私は旅先でその国の映画を探すのだが、出版物もネット上にも、海外旅行記があまたあるのに、旅先で見た映画の話はあまりないようだ。世界各地に散った旅行者が、その地の映画事情を報告すれば、「世界映画」の情報が一気に広く、深くなるのに。コンサート事情でもいいのだが、鉄道ファンを除けば、旅行記のほとんどは名所旧跡と食べ物と買い物の写真ばかりだ。