957話 イベリア紀行 2016・秋 第82回

 小ネタ雑談 その5

■スリ 「あれは、もしかしてスリだったか?」という体験を2度している。
最初は、リスボン、ファド博物館に行く途中だった。歩いていると、右肩にかけたショルダーバッグに何かの力がかかった不愉快な感触があり、あわてて振り返ったら、30代後半くらいの中東出身者らしき男女が、私の背後にくっつくように歩いていた。大混乱の駅やショッピングセンターではない。人ごみの繁華街でもない。私の前を行く人は、数十メートル先だ。私の背後にへばりつくようにして歩いているのは、おかしい。
私が振り返ると同時に、男は「ソーリー」と言った。たぶん、私は、にらんだ。
「街の中心部はこっちでいいのか」と、男はサンタ・アポロニャ駅の方を指差した。
私が反対側を指差すと、黙って今歩いてきた道を戻って行った。お前ら、中心部のコメルシオ広場方面から歩いてきたのだろうが!!
 ショルダーバッグに入っている貴重品はカメラと日記帳で、パスポートもクレジットカードも現金も入っていないが、誰かの手がバッグに入ってくるのは気分が悪い。
2度目の体験は、マドリッドだ。王宮から街の中心部に向かう坂道を歩いていたら、やはりショルダーバッグに何かが当たる感触があった。すぐさま振り向くと、若い女がふたり、私の背後に迫っていた。ひとりはガイドブックの地図を広げ、もうひとり、私に近い方を歩いている女が、不自然に手を私の方に伸ばしていた。私が振り向くと、ふたりはすぐさま立ち止まり、踵(きびす)を返して王宮方面に戻って行った。
 リスボンのふたりも、マドリッドのふたりも、動きがおかしいが、スリだという確証はなにもない。話をするうちに手が動き、私のバッグに当たったという可能性はある。しかし、がらがらにすいている路上で、私の背後にぴたりついているのは不自然だ。ちなみに、私は最初の旅から、移動中は常にショルダーバッグを提げているが、いままでこういう体験をしたことはない。スリが狙うなら、バスのなかとか、郵便局の書台の近くとか、ほかのことに神経を奪われているときで、がらがらにすいた道路上で犯行に及ぶならスリではなくてひったくりのはずで、腑に落ちない。
■チラシ それは、マドリッド市博物館に出かけ、しかしすでに閉鎖されたことを知った直後のことで、暑いなかを延々と歩いてきたので少々疲れ、ベンチで休んでいたときだ。うれしいことに、マドリッドにはベンチがいたるところにあり、そのときは歩道の上に設置した石造りのベンチだった。
 私の周りに挙動不審な男がいた。30前後だろう。ベンチに座るでもなく、立ち去るでもなく、うろうろしている。暑い日なのに、黒いコートを着ているこの男の風体をひと言でいえば、「秋葉原にいくらでもいるような男」といえばいいか。小太りでメタルフレームのメガネをかけていて、髪はくしゃくしゃ、リュックを背負っている。
これがアトーチャ駅のような人の多い場所だと、テロを起こすかもしれないと怖くなるのだが、人通りが少ない昼下がりの歩道で凶行に及ぶ可能性は少ないと勝手に決めて、男の動きを追っていた。
 男はポケットに右手をつっこみ、握りしめた紙片をベンチにまいた。女の顔写真が見えた。その紙片は、かつて公衆電話がまだ第一線で活躍していた時代、電話ボックスのいたる所にべたべたと張り付けられていたピンクチラシとサイズ的にも同じようだった。今の時代のマドリッドに、ピンクチラシ? 中国なら政治的なビラもありうるが、今のマドリッドならピンク系だろうと想像したが、念のために資料として収集すると・・・、今、旅で収集した資料のひと山を探ったが、見つからない。どこかで廃棄処分にしたのかもしれないが、記憶では“Oriental Massage”の文字と、電話番号が書いてあったような気がする。この程度のチラシをまくのに、あれほどおどおどするのがスペインの法律なのだろうか。
 後日、川を渡って、カサ・デ・カンポの近くの住宅地を歩いていたら、駐車中の車のワイパーに似たチラシが挟んであった。こちらは文字が多い。
広域マフィアの大事業か。

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 手書きのビラは、住宅改装の宣伝だと思うが、スペイン語が得意の方、ご教示ください。ビラの下に隠れているのが、例のピンクチラシ。