965話 大阪散歩 2017年春 第4回

大浴室絵画展


 我が宿には、シャワールームが2か所あり、24時間自由に使える。ただ、70室くらいあるホテルで、2か所というのはあまりに少なく、夜はこむ。シャワールームに「使用中」の札が出ていたので、隣りの、「大浴室」という表示のあるドアを開けてみた。内部をうかがうと、誰もいない。シャワーよりも快適そうなので、風呂に入ることにした。シャワーは男女共用の個室だが、大浴場は男専用だ。
 浴槽は予想を超えて大きく、3畳間ほどある。洗い場は4人分ある。さすがにこの年になると、誰もいないからといって、浴槽で泳ぐことはしないが、両手両足を伸ばしてみた。3月とはいえ、氷雨が降りそうなほど寒い日が続いていたので、芯からあったまる。
 浴槽で温まっていると、大浴室に男がひとり入ってきた。極彩色の絵画で身を包んだ方だ。倶利伽羅紋々(くりからもんもん)という語が浮かんだ。唐獅子牡丹という語も浮かんだ。銭湯を利用できない人たちだから、ホテルの大浴室は便利だろう。タトゥーと呼ばれる絵や文字だとチンピラ感があるが、こちらは本筋という迫力がある。礼儀正しいが、やはり威圧感はある。
 後日、別の極彩色の方とも浴室前ですれ違った。入浴直前なので、上半身は半袖Tシャツ姿、上腕部に極彩色が見える。極薄の白Tシャツだから、背中の絵画も鑑賞できる。右手に持ったプラスチックのケースには、ポンプ式の大きなシャンプーとボディーソープと、多分コンディショナーなどの「お風呂セット」に着替えの下着が入っていて、バスタオルを脇に抱えていた。日本人客の多くは、そういう「お風呂セット」を手に1階のシャワールームや浴室にやってくる。つまり、長期滞在者だということだろう。私はといえば、北京空港で補修してもらった洗面用具袋を手にしている旅行者姿だ。こういうところを観察するのも、ライターの習性だ。
 ワイシャツやネクタイ姿の男はいない。作業服姿の人も見かけない。リュック姿の旅行者もいないが、外国人は皆、キャスター付きトランクでここにやって来る。日本人は皆、それぞれに正体不明なのだが、彼らに言わせれば「お前なんかに言われたくないよ!」ということになるだろう。私もまた、まともな稼業の人間には見えないだろう。
 我が宿に限ったことだとは思わないが、チェックインとはカネを先払いするだけのことだ。宿泊カードへの記入は求められない。住所氏名などを問われることはない。外国人だとわかっても、パスポートの提示は求められないと思う。ということは、脱税は簡単にできるだろうと思ったが、カネを払うとレシートはくれる。それでも、明らかに旅館業法違反のはずだが、そのあたりのことは役所との関係ではどうなっているのだろうか。