971話 大阪散歩 2017年 第10回

 大阪の風景


 大阪市の中心部でも、ふたつの大阪が存在していることがわかる。天王寺新今宮から梅田への散歩を何度もしていると、風景が変わっていくことに気がつく。
地下鉄中央線は、大阪中心部を東西に走り、南北分断線という感じがする。駅名でいうと、阿波座、本町、堺筋本町谷町四丁目森ノ宮といった駅の南側と北側で、国が変わると言っていいほど景色が変わるのだ。もちろん、道路を渡ったら、一気に景色が変わるというほど急激ではないが、明らかに変化したのはわかる。この変化は、大阪風景から東京風景への変化ともいえる。
 新今宮天王寺から、難波、心斎橋、道頓堀へと北上すれば、よそ者が大喜びする「おバカな大阪」世界だ。大阪のマスコミが「これが大阪でっせ」と見せたがり、よそ者が期待する「大阪」である。さらに北上すると、オフィルビルが増えてきて、東京を歩いているような、あるいはそれが福岡でも名古屋でもおかしくないようなビルが並ぶ風景になる。つまり、東京的風景、あるいは無国籍風景となっている。

 カニやタコなどの巨大看板がある道頓堀あたりは、「誰にでもわかる大阪風景」なのだが、別の通りだとややわかりにくい大阪中級者的風景となる。
ある日、谷町筋を歩くことにした。四天王寺を散歩した後、友人と待ち合わせをしている天六天神橋筋六丁目駅)まで、谷町筋を歩いて北上することにした。待ち合わせ時刻までまだ2時間ある。地図を眺め、「寄り道をしても、多分、大丈夫だろう」と踏んで歩きだし、約束の場所に着いたのは、待ち合わせ時刻の1分前だった。南北に通りが交差している大阪は歩きやすい。所要時間も読みやすい。
 谷町筋を歩いていて、「ああ、大阪だな」と感じたことのひとつは寺だ。東京にも寺はあり、信濃町や浅草あたりには多くの寺があるのだが、銀座や渋谷や新宿の繁華街に寺はほとんどない。大阪では、街中に寺がある。
 寺と並んで、大阪的風景というよりも関西的風景と呼びたくなるのが、黒い瓦の古い木造住宅だ。かつては東京にもあったのだが、もうほとんど消えてしまった。関西では古い木造二階建てアパートでも、黒い本瓦がのっている。そういうアパートは、東京にはほとんど残っていない。

 四天王寺を出て谷町筋を歩きだすと、左側は寺ばかりだ。右側にも寺がある。さらに北上すると、左手が生國魂(いくくにたま)神社だ。ちょっと前の夜、谷町筋の東隣り、松屋町(まっちゃまち)筋を歩いていると、生國魂神社の境内かと思われるあたりに巨大なネオンサインが見えた。さすが、大阪はネオンで神を語るのかと思ったのだが、そのあたりの事情を確認したくなって、左折して、神社に寄り道した。ネオンの巨大看板は、神社の境内にあったのではなく、隣りの建物で、それはラブホテルの看板だったのだ。社寺密集地は同時にラブホテル街という光景は、生と死、性と異界、聖と性など興味深いものだった。こういう興味深い話題は、「るるぶ」には出ていない。
 詳しく見たいという人は、Google earthで「天王寺区生玉町5」を検索し、ストリートマップで、ホテルLOVEやロテルホテルなどの雄姿をご覧ください。そのそばに、YMCA学院高等学校があるのもすごい環境だ。ついでに、ストリートマップで、四天王寺から谷町7丁目あたりまで谷町筋を北上してみれば、このあたりが寺の密集地だということがわかる。
 生國魂神社から谷町九丁目駅交差点に戻った。この風景も、ちょっと変だ。町なかの交差点に中層アパートが立っているのだ。1階はコンビニなどがあり、2階と3階には居酒屋などが入り、4階から上はアパートだ。道路を渡って、その建物をよく見ると、入口に「日本住宅公団」のプレートがついている。現在の正式名称は、「新谷九ビルUR都市機構西谷町アパート」らしい。新興住宅地の団地を歩いているわけではない。難波と大阪城の間、大阪の中心部の交差点に、公団住宅が建っていて、下層が飲食店になっている。おもしろい。

 谷町九丁目駅からさらに北に歩き続けると、マンションの姿か変わっていくのがわかる。マンションの下がラーメン屋だったり、居酒屋だったりしていたのが、「コンビニになっていることもある」になり、ついには、1階から住居になって、商店の看板が消える。こうなると、日本のどこの都市だか区別がつかない没個性の街になる。大阪らしさなど、みじんもない。地下鉄中央線、谷町四丁目駅を超えると、オフィスビルとマンションの地区になる。散歩をしていてもおもしろくない地域だが、間もなく大川が見えてきて、風景が変わる。散歩がまたおもしろくなる。