974話 大阪散歩 2017年春 第13回

 スーパーマーケット探検 野菜編


 大阪の旅を終えて、あれをやればよかった、あそこに行けばよかった、もっとやればよかったと後悔と反省が多々あるのだが、スーパーマーケット探検をもっと腰を落ちつけてやればよかったというのも、大きな反省のひとつだ。スーパーマーケットに何度も行っていながら、ほかのことが気になって、ていねいな調査をしなかった。
 大阪でやりたかったことのひとつが、スーパーマーケット探検で、うちの近所のスーパーと商品構成がどう違うのか、東京首都圏のスーパーにはないぞという商品がどれだけあるのかといった疑問を解明したいと思っていたのだ。大阪に着いてすぐ、宿の近くにスーパー玉出(たまで)があるので行ってみた。偶然とはいえ、このスーパーは大阪府、とりわけ大阪市に多くの店舗があるから、大阪のスーパー事情を知るには絶好だ。ちなみに、玉出という名はパチンコ店の経営だからではなく、西成区玉出という地名に由来するのだろう。
 野菜売り場をじっくり見る。ネギが関西と関東で違うのは知っているが、緑の多いネギが好きな関西でも、すき焼きなどは根深ネギを使うから、太いネギも細いネギも両方ある。両方のネギを料理によって使い分けているのだ。ついでに言っておくと、関西は薄口醤油しか使っていないと思い込んでいる東日本人がいるが、関西では料理によって薄口と濃口の両方の醤油を使いわけている。
 赤く長めの金時人参がある。うちの近所のスーパーには、ごくたまに見かける程度だ。南関東の人間の目に珍しい野菜はないかと調べたら、シロナというのがあった。アブラナ科の菜っ葉で、どこにでもありそうな外見で、台湾かどこかの国で見たことがあるような気がするのだが、大阪でよく食べられている野菜らしい。近年は、小松菜に置き換わってきているらしい。
 http://foodslink.jp/syokuzaihyakka/syun/vegitable/shirona.htm
 ミブナ(壬生菜)も関西の野菜だが、今は見つからない。そういえば、奈良の山奥で暮らしていたころ、カラシナをよく食べていた記憶があるのだが、関東に来てからは見ない。
 宿の近くの玉出スーパーでは珍しい野菜はほとんどなかったが、商店街の八百屋を覗くと、「おお、これは」という野菜はある。クワイは見てわかったが、生のクワイを見たのは初めてだ。フキだとばかり思っていたのが、葉ゴボウだと知って、驚いた。茎が中空になっていて、どう見てもフキなのだが、「葉ゴボウ」と表示してある。調べたら、大阪でよく食べられている野菜だそうだ。普通、ゴボウは根を食べるのだが、これは茎を食べるために栽培したものだそうだ。こんな野菜、まったく知らなかった。
 こんなふうに、旅には、まったく知らなかったことを知る喜びがある。
野菜と言えば、もっとも感動的な出会いは、天満市場だった。地図に「市場」という名を見つけたから行っただけで、予備知識はまったくない。だから驚きも大きかったのかもしれないが、東京の築地散歩のような感動があった。とりわけ驚いたのは、コンクリートの床に段ボール箱を置いただけの店だが、その商品がとんでもない。私は普通の日本人よりは多少食材には詳しい。外国の野菜でも、熱帯アジアのものなら、ある程度はわかる。タイのものなら、ほとんどわかる。しかし、天満のこの店の商品は知らないものが数多くある。パクチーのように、名前も姿をよく知っているのは、全商品の4分の1くらいだ。名前は知っているが、実物を見たのは初めてというのが、4分の1、残りは、名も姿も知らない野菜だ。輸入品か日本栽培の違いがあるかもしれないが、外国出身の野菜や、日本各地で栽培されている野菜のようだ。野菜の出身や経歴はどうであれ、商品の多くが私には解読不能なのだ。そのときいっしょにいた友人の植物学者が、「ああ、こんなものがあるのか?」とびっくりしていたくらいだから、日本の市場に置いてあるのは珍しいのだ。「何か、おもしろい料理を作りたい」と思う料理人がおもな客だろう。商品のバラエティーのすごさに驚いて、写真を撮るのを忘れていた。
 ここは江戸時代から続く青物市場で、プロ用の店が並んでいる。もちろん誰でも買えるが、堪能するにはある程度の商品知識が必要だ。そのためか、観光客は少ない。カートを引いてワサワサ食べ歩く人がいないので、じっくり市場歩きが楽しめる。
もう一度行きたい大阪のひとつが、この天満市場だ。
 上の文章を書いてからも、大阪の野菜が気になり、雑誌「大阪人 特集伝統野菜」(2011年3月号)を買った。しかし、「なんだ、これ?」と驚くような正体不明の野菜はない。正体はわかるが関東では見たことがないという野菜は、白っぽい毛馬(けま)キュウリや玉造黒門越瓜(たまつくりくろもんしろうり)、服部越瓜(はっとりしろうり)、田辺大根くらいだろうか。夏や秋にまた大阪に行けば、私には目新しい野菜があるだろうとは思う。