987話 大阪散歩 2017年春 第26回

 中崎町界隈

 梅田から徒歩15 分ほど、地下鉄谷町線なら東梅田駅の隣りに中崎町(なかざきちょう)がある。東京に例えると、東京駅の隣りの神田駅あたりが、だいぶ前の谷根千谷中・根津・千駄木)のような景色が広がっていると思えばいい。大都市大阪の中心地近くなのに、高層ビル街から歩いて15分で、昭和30年代を思わせる木造住宅が広がっている。そこに若者たちが移り住み、工房やカフェを開いている。ガイドブックにそんな短い解説があったので、梅田から中崎町へ散歩してみたら、想像以上に魅力的だった。
 企業が手をだした新店舗ではないから、渋谷・原宿・六本木のようなけばけばしさはない。フランス語やイタリア語のメニューが並ぶレストランもない。貧乏人や田舎者や私のような高齢者が、気恥ずかしくて足を踏み入れたくないという風情ではない。渋谷から原宿へと歩く路地の、浮ついたインチキ風景はない。
 古い木造商店の内装はほぼそのままに、椅子と鏡を置いて美容院を開業している。アクセサリー工房があり、ケーキ屋やパン屋があり、西洋雑貨店もある。観光客の姿はほとんど見なかった。高校生や大学生がデートでやってきたのか、地域地図を眺めながら、どこの店に行こうか相談している。夏休みになれば、ミニ竹下通りのようになるのだろうか。
 この地域に足を踏み入れた時、もしも森まゆみがここに来ていたら、どう感じるだろうか知りたかった。雑誌「谷中・根津・千駄木」を創刊し編集者としてかかわってきた作家は、大阪の谷根千をどう感じるのか興味があった。
 大阪の資料を読んでいたら、森まゆみは雑誌「大阪人」の取材でこの地域にも足を踏み入れ、文章を書いていることがわかった。2000年ころの話で、その紀行文は2003年に単行本になり、2009年にちくま文庫に入った『大阪不案内』である。
 森は、東京の住宅と違って、「大阪ではねずみ色の土壁に銅板たたみ上げで屋根下の軒を覆う」と解説している。森は建築を学び、藤森照信と共著で『東京たてもの伝説』(岩波書店、1996)を出している。街歩きを始めると、どうしても建築の勉強をしておきたくなるのは私も同じだからよくわかる。私は体を鍛えるために歩いているのではないから、街を読む眼を養っておきたい。私が建築の本をよく読むようになったのは、街歩きの楽しさを増すためだ。
 森まゆみがこの地区を歩いた2000年ごろの中崎町は、すでにおもしろい地区だったらしい。『大阪不案内』から引用する。
 (空家を)「借りてタイの布やアクセサリーを商う店がある。入口近くには店やイベントの紹介のカードやちらしがたくさんおいてある。私はシルクの枕カバーを二枚買う。するとこの近くで、同様に空家仕舞屋を借りて改装し、『自分の好きなこと 』をしている人たちの地図をくれた」
 それから17年後のこの地区には、大きな変化はなかったらしい。急激な観光化で竹下通りもどきになることもなく、じわじわと再生されていく。