989話 大阪散歩 2017年春 第28回

 大阪のことば その2


 部屋の視界に変な本の表紙が見えた。こんなところに大阪本があったのだ。その昔に買った『大阪呑気大事典』(大阪オールスターズ編著、JICC、1988)だ。宝島社がまだJICCを名乗っていたことの本で、そのころに読んだ本が書棚で身を隠していた。この本が表に出てきた理由は、昨年暮れにまとめて本を捨てたからで、その下にあった本が姿を見せたというわけだ。捨てた本のなかには、1996年にオープンしたばかりのジュンク堂難波店で買った難波関連の自費出版物もあったのだが、よもや大阪の文章を書くことになるとは思ってもいなかったので、躊躇せずに捨てた。
 この『大阪呑気大事典』は、内輪受け、楽屋落ちの大阪本である。東京や大阪の本だと、地元の読者だけを考えて商売が成り立つから、よそ者への配慮などない。例えば、「冷コー」という見出し語がある。これがアイスコーヒーのことだと私は知っているが、そういう説明は一切ない。東京に出てきた大阪人が、喫茶店で注文するセリフ、「ネエちゃん、団くれる、団やがな、冷コー」。よそ者である私は、この「団」がわからない。沖縄本や京都本は読者がよそ者であることを前提にしているので、誰が読んでもわかる構成になっている。
 大阪弁関連書の方は、よそ者を読者と想定している本が多い。その手の本を買い集めて、読んだ。その1冊、『かんさい絵ことば辞典』(ニシワキタダシ・早川卓馬、ピエ・ブックス、2011)には、関西で日常的に使っている言葉と、老人たちだけが使う「死語寸前」の言葉を200ほど集めて解説している。そのなかで、私の知らない語や言い回しが10ほどあった。ある地域だけで使う語や不良高校生やヤクザが使う言葉などもあるから、「大阪のわからない言葉」は多分、いっぱいあるだろう。
我がブログを読んでいる関西人のために、参考までに、私が知らなかった「かんさい語」を本書の訳語を(  )に入れて書き出してみよう。
 あやかしまして(おじゃましました)、いいっとする(いららする)、いわす(痛める、故障する)、いんじゃん(じゃんけん)、きさんじ(明快)、せたろう(背負う)、ちょける(ふざける)、てんご(いたずら)、なんしか(とにかく)、ひっしのばっち(すごく一生懸命)など。
 実は、私が興味があるのは、こうした方言ではなく、当人も気がついていない方言だ。例えば、ビール瓶の呼び名。大瓶、中瓶、小瓶は、関西では「だいびん」、「ちゅうびん」、「しょうびん」が主流だそうだ。大中小は、「だい・ちゅう・しょう」なのだから、これが正しいという主張はわかるが、関東ではそう呼ばないのは、「だいびん」「しょうびん」という語感が、大阪人は平気でも、東京人は嫌だったからかもしれない。
 「モータープール」というのも関西弁だ。おおさかだけでなく、京都や神戸でも使う語だ。モータープールは「駐車場のこと」という説明が多いが、間違いだ。自宅の駐車場やマンションの駐車場をモータープールとは呼ばない。イオンやUSJの駐車場も、モータープールとは呼ばない。「月ぎめの駐車場を関西ではモータープールと呼ぶ」と解説している人がいるが、これも間違いだ。例えば、ナンバモータープールの料金を見ると、「30分200円」という料金設定がわかる。だから、「月ぎめ」という解説はまちがいだ。
http://search.ipos-land.jp/p/detailp.aspx?id=P2700053A
 モータープールとは、街中にある公共駐車場(カネを払えば誰でも駐車できる場所)の文語的表現、つまり看板語である。会話(口語)では、「駐車場」を使うことが多いようだ。特に若年層ではその傾向が強いらしい。
 「モータープール」は、和製英語なのだろうか。調べてみれば、motor poolはアメリカ英語だとわかった。主に軍の基地などで、配車用に軍用車を駐車させておく場所をさす語だそうだ。基地への通勤者や来客が自動車を止める場所は駐車場、アメリカ英語ではparking lot、イギリス英語ではcar parkである。
 モータープールという語は、GHQ支配下にあった戦後の大阪が深く関係していることがわかり、そうなると、大阪と進駐軍の関連を知りたくなる。
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