1008話 耳タコ音楽


 例えば、その曲がラジオから流れてくると、うんざりしてラジオのスイッチを切るか、別のラジオ局に変えるか、あるいは台所に行ってコーヒーを入れたりトイレに行ったりして、苦痛の時をやり過ごすということがある。
 聞きたくない音楽には、2種類あると思う。もともと大嫌いな音楽と、最初は好きだったか、あるいは好きでも嫌いでもなく、なんにも感じなかったのだが、何度も聞くうちにうんざりしてくる音楽だ。「アメイジング・グレイス」は、最近やや耳タコになりつつあるというようなことだ。
 君が代は、その歌詞のせいだけでなく、あの、どうにもノロい曲調が耐えられない。初めから嫌いだから、耳タコじゃない。全部ではないが、合唱曲とかオペラとか、ベルカントの「おじょうずな歌」が大嫌いだが、これももともと嫌いなのだから、耳タコではない。ミュージカルの歌も苦手だが、いい曲は多く、ジャズのスタンダードになっている
 耳タコといって、まず頭に浮かぶのが、「ホテル・カリフォルニア」(イーグルス)だ。ラジオで初めて聞いたときは、音楽よりもむしろ歌詞に興味があって訳したこともあるのだが、時間がたつうちに、「いかにも深刻」という歌い方にうんざりしてきた。悪いことに、生バンドが入っているバンコクの飲食店では、この曲をやるのが定番で、ビアホールから路上に流れ出ることも多かった。ヘタなバンドが深刻に歌われると、つらい。
 ビートルズには耳タコ曲が多い。すぐに名が挙がるだけでも、「イエスタデイ」、「ミッシェル」、「ヘイ・ジュード」、「ロング・アンド・ワインディング・ロード」・・・。もし、「あなたが選ぶビートルズベスト10」などという企画があれば、「ミッシェル」以外はすべて入ると思われる曲だ。そうか、ポール・マッカートニーの曲が嫌いなんだ。しかし、ジョン・レノンの「イマジン」も、もはや耳タコだなあ。
 一方、ローリング・ストーンズには耳タコ曲はない。WOWOWでよくライブ映像を放送していて、ロックが好きではないのについつい見てしまう。そのカッコよさがよくわかる。「ブラウン・シュガー」や「シンパシー・フォー・ザ・デビル、「ギミー・シェルター」などのイントロのカッコよさに聞きほれる。
 ストーンズの曲の中で唯一、しいて言えば、大嫌いと言いたくなるのは、「アンジー」で、だからというわけじゃないが「ホテル・カリフォルニア」が好きじゃないという話は、わかる人にはよくわかる話だが、わかります?
 「アンジー」の類が嫌いだというのは、ふたつの意味がある。「ステアウエイ・トゥ・ヘブン」(レッド・ツェッペリン)のようなバラードが嫌いという意味と、「ミッシェル」など世にあまたある女の名前ソングが嫌いという意味だ。ほら、あれも、あれも、大嫌いだ。
 オルゴールの曲は、どんなものでもすぐ飽きる。いまではかなり減ったが、電話の保留音も飽きる。
 「エリーゼのために」のほかにも、いわゆるポピュラー・クラッシックには耳タコ曲が多くある。「ツゴイネルワイゼン」、「トッカータとフーガニ短調」、「パッヘルベルのカノン」などいくらでも名が挙がるものの、なぜか「G線上のアリア」は何度聞いても飽きない。古楽のバージョンのいいし、今でもユーチューブでさまざまなバリエーションを探して聞いている。
 あれほど聞いていても飽きないと自分でも驚くのは、「ミスター・ロンリー」だ。1967年から今も続いている深夜放送「ジェット・ストリーム」で毎夜流している曲だ。十数秒程度の番組テーマソングではなく、毎夜分単位で放送している。いままで、おそらく数百回、いや千回以上聞いているはずだが、それでも飽きないのだから、私と相性がいいということか。