1009話 海外旅行と石原裕次郎の時代


 過去のある時期を、石原裕次郎研究に費やしたことがある。今もまだ、その時に買い集めた資料が本棚にあり、処分を待っている。
 皮肉な話だが、少年時代の私が大嫌いだったたぐいの映画は、石原裕次郎加山雄三の出演作だった。それにもかかわらず、2000年を過ぎてから、かなりの時間とカネをかけて、ふたりの映画をまとめて見ていた。資料も買い集めた。1950〜60年代の、日本人の海外旅行史を映画で体験できるからだ。「若大将」シリーズは、大学生が活躍する夢物語のようでいて、しかし海外旅行事情に関しては、驚くほど正確なのだ。主人公の大学生は、実業家の要請ということで初めて外国に行き、そのあとはスポーツの遠征や研修で、サラリーマン時代に入ると、自費でグアムに行けるようになる。現実の旅行事情とちゃんと連動しているのだ。
 裕次郎と海外旅行の話は、このアジア雑語林の258〜260話で書いている。再読すると、手間ヒマかかった文章だということに自分でも驚く。
 先日の新聞の折り込みチラシに「DVDコレクション 石原裕次郎THATER」(朝日新聞出版)というのがあった。7月13日発売の創刊号はサービス価格990円。以後毎週木曜日発売、2号以降1790円というシリーズだ。私はすでに、裕次郎の海外ロケ映画はすべて見ているし、ビデオを買ったり、テレビ放送したものは録画しているのだが、解説付きだというので、何作かはまた買ってもいい。裕次郎の海外ロケ映画は次のような作品だ。DVDの発売順に書き出しておく。(  )内は、ロケ地。
 「太平洋ひとりぼっち」(1963 わずかにサンフランシスコ)
 「アラブの嵐」(1961 エジプト)
 「栄光の5000キロ」(1969 ヨーロッパ、ケニアウガンダ
 「世界を駆ける恋」(1959 ヨーロッパ)
 「闘牛に賭ける男」(1960 スペイン)
 「青春大統領」(1966 オーストラリア)
 「太陽への脱出」(1963 タイ)
 「金門島にかける橋」(1962 台湾)
 すべて見ると、特筆すべきは、タイを舞台にした「太陽への脱出」だということがわかる。裕次郎の映画は、「ご陽気な青春ヒーローもの」が多いなか、この映画では裕次郎が殺されるというエンディングが特異だ。ベトナムの解放戦線側に武器を売る商人が、石原の役どころで、けっこううまいタイ語をしゃべる。バンコクの昔の週末市場の映像が貴重だ。かつて、王宮前広場では週末市場が開かれていて、私はその時代に間にあっているのだが、ずっとあとになって、21世紀になってこの映画を見てたまらなく懐かしくなった。タイの動画資料は画質が悪い物がほとんどだから、この映画のシーンは貴重だ。1963年4月公開だから、1962年か63年のバンコクを見ることができる。当時のドンムアン空港も必見。加山雄三「バンコックの夜」(1966)もバンコクロケをしている。その昔、神田神保町にアジア映画専門のレンタルビデオショップがあり、この映画のVHSを借りて見た。残念ながら、DVD化されていない。
 エジプトでロケした「アラブの嵐」も、エジプトに興味がある人には必見だ。この映画では、裕次郎アラビア語をしゃべる。田中真知さんに推薦したが、見ていないだろうなあ。
 いままでDVD化されていない作品があり、DVD化されていても手に入りにくい作品もあるので、この機会に買って見るといい。
 http://publications.asahi.com/yujiro/
 石原裕次郎加山雄三が海外ロケ映画に出ていた1960年代は、観光映画でもある「007」シリーズが始まる時代でもある。第1作「007 ドクター・ノオ」の公開は1962年だ。のちに、日本観光映画としての側面も持つ「男はつらいよ」の第1作の公開は1969年だ。「傾向映画の時代」と言えば竹中労だが、「観光映画の時代」も調べてみればなかなかにおもしろい。