1040話 夜にノクターン


 ジャズ・ピアニストの名を多く知ってはいるが、その音を聞いたことがない人がいくらでもいる。何もわからずにCDショップに行くのは冒険が過ぎるので、Youtube(以下Yt)で下調べをする。こういうことを、もう何年も前からやっている。
 まずは、「Jazz 、Piano」などと検索して、好きなピアニストが出てくるのを待った。こうして、名前だけは昔から知っているトミー・フラナガンやモンティーアレキサンダーなどの演奏に出会い、想像通りの音だったことを確認して、店でCDを選んだ。
 ちなみに、ジャマイカ出身のモンティーアレキサンダーはこういうピアノを弾く。
 https://www.youtube.com/watch?v=ApmNziTwU6g&list=RDApmNziTwU6g&t=5
 そういうYt遊びをしていて、ハンク・ジョーンズに出会った。もちろん名前は知っているが、演奏は知らない。ライブ音源もCDの音源もある。こんなCDがYtのリストにあった。
 “STEAL AWAY spirituals , hymns , and folk songs”
 知っている曲がある。これを聞いてみよう。ベースとのデュエットだ。
 “I feel like a motherless child”
 https://www.youtube.com/watch?v=quwM-5rL8Tk
 少年時代にラジオで聞いたことがある曲だ。私が聞いたのはオデッタだったかマヘリア・ジャクソンだったか。そのラジオ番組のDJは多分、ジャズ評論家大橋巨泉だったと思う。この歌をヒントに、寺山修司は「時には母のない子のように」を作詞して、カルメン・マキに歌わせた。
 https://www.youtube.com/watch?v=hohnr22zTxc&list=RDhohnr22zTxc&t=6
 https://www.youtube.com/watch?v=uHCxfTtUrXE
 CDタイトルの”steal away”とは、”Steal away (to Jesus)”という有名なゴスペルからとった。「そっとイエス様の元に逃れて行こう」という意味だ。
ハンク・ジョーンズのピアノもいいが、チャーリー・ヘイデンのベースもいい。いままでベースをじっくり聞いたことがないから、ベーシストの名は何人も知っていても、気にかけたことがなかった。
このCDが気に入った。Ytでかなり聞けるのだが、CDを買うことにした。
ハンク・ジョーンズチャーリー・ヘイデンのデュエットはもう1枚出ていることも知り、それも買った。
 “Come Sunday”
 https://www.youtube.com/watch?v=X8txK8lmzX0
 Ytには、ハンク・ジョーンズのものはあまり多くないが、チャーリー・ヘイデンの演奏はいくらでも見つかる。生まれて初めて、ベーシストを頼りにCD探しをすることになった。そして、その後次々に買うこととなった。
ギターとベースのデュエットなんか退屈で、CD1枚なんか聞いていられないと思っていたのだが、パット・メセニーとのこのデュエットはすばらしい。これはかなり売れたCDなのだと後から知った。
 Missouri Sky(ミズリーの空)
 https://www.youtube.com/watch?v=v98zJfn0Y4g&list=RDfDABaYQ7Ag0&index=6
私が嫌悪しているニューエイジ音楽に近いところにある音だが、夜に聞く音楽としては悪くない。
 そして、このCDと出会った。チャーリー・ヘイデンのリーダーアルバムだ。
 Charlie Haden “Nocturne”
 Ytでこういう曲を聴くことができるが、もちろんCDを買った。
 https://www.youtube.com/watch?v=OujUQvCeaOo
 https://www.youtube.com/watch?v=q0RM61ex3C0
 ラテンの曲を集めたアルバムだ。キューバ出身のピアニスト、ゴンザロ・ルバルカバはテレビでライブ演奏を見た時は、テクニックを誇示するような演奏でつまらないと思ったが、このアルバムでは控えめでいい。泣かせるバイオリンやザックスは、一歩それると臭くなるのだが、臭くなってもいいじゃないかと思えてくる。ラテン音楽が、日本の歌謡曲の源流のひとつだとよくわかる演奏だ。
 昼間は豪快なジャズやR&Bやアフリカ音楽などを聞いているが、夜になると、過ぎ去った時間や訪れたことがある場所や、この世界から去っていった友人知人家族などのことを思い出し、コーヒーを飲みながら茫然と音楽を聞いている。スコールの雨宿りをした市場、一面のオリーブの林のアンダルシア、マレー鉄道の夜行列車、ナイルの川下りの船、北スーダンの砂漠、ノミや南京虫だらけの安宿で出会った旅人たち、しばらく一緒に旅した人たちとの雑談、ケニアはモンバサの暗い宿、それから満天の星や・・・・。
 そういう時間を過ごすのにこのアルバムはふさわしい。ノクターンラテン語の夜noxが元になっている語で、「夜に」が元の意味だ。だから夜想曲という日本語訳がついた。notte(イタリア語)、noche(スペイン語)、noite(ポルトガル語)、そしてnight。