1045話 イタリアの散歩者 第1話

道に迷う


 ローマで乗り換えて、シチリアパレルモに来た。シチリアがおもしろそうなら、そのまま居続けてもいいし、飽きれば北上すればいいということくらいしか考えていなかった。パレルモには安宿があまりないのではないかと思ったので、イタリアの旅の最初の宿は、日本で予約をすることにした。
 わざとやったこととはいえ、バンコクの乗り換え時間を長くして、合計30時間ほどの長旅のあと、荷物を持ってパレルモで宿探しはしたくなかったから、インターネットで宿の予約をしていたというのに、荷物を持ったまま1時間ほど歩くことになってしまった。宿のホームページについているグーグルマップの広域版と地域拡大版の2種類の地図をコピーしたものを見ながら、宿があるはずの場所に来たのだが、そこは一般住宅だった。
 道を間違えたのか、もう1本北か南かと地図を凝視しても、宿が見つからない。そこで、やむを得ない手段だとはいえ、危険な方法に手を出してしまった。イタリア人に道を聞いてしまったのだ。それが危険なことだということは、スペインでもほかの国でも、さんざ体験している。スペインでの体験と同じように、パレルモのイタリア人も、「それは、こっちだ」、「ずっと北だ」、「このまま、まっすぐ! 200メートル」などと、私の宿があるという場所を示し、1時間歩いて13人に声をかけ、しかし宿にはたどり着けなかった。軽いとはいえ、8キロの荷物を詰めたショルダーバッグが肩に食い込んできた。
 彼らとて、旅人にわざとウソを教えているわけではない。何か言ってあげないとかわいそうだと思って、頭に浮かんだ解答を口にしているだけだ。駆け出しの旅行者ではないから、私もそれはわかっている。そのうち、まぐれに正解が出るかもしれないと思ってフラフラと小路を歩き続けた。それはそれで楽しいのだが、そろそろ体力の限界だ。”qui?”(ここ?)、”destra?”(右?)といった私の三日坊主のイタリア語では、もうどうにもならない。
 小さな会社があった。何の会社かわからないが、そこなら英語が通じそうだとひらめいた。カウンターがあったが、人はいなかった。英語で声をかけると、奥から男が姿を見せ、「ちょっと待ってて・・・」といい、その後ろから若い男が出てきた。
 「どうしました?」
 充分な英語が話せる若い男が目の前に立った。
事情を話した。彼は、ポケットからスマホを出し、私が示した宿の住所を入力し、 「ここです」と私に示した。そうか、私がスマホを持っていれば、こういうことが自分でできるのか。礼を言って、歩き出した。
 スマホの地図を記憶して歩き出したが、同じ住所が広い地域にあって、よくわからない。これはダメだ。もう決定的な手段をとるしかない。再びあの会社に戻り、「すいませんが、この宿に電話をして、場所を確認してください」と頼み込んだ。これも、私がスマホを持っていればできることだ。
 若い男は宿に電話をかけて、ちょっとしゃべり、「すぐ近くだから、いっしょに行きましょう」と案内してくれた。そこは、私が何度も前を通った建物で、中層アパートだった。入口の小さなプレートに宿の名があったが、気がつかなかった。
住所にアパートの名もなく、何階かもわからない。何語でもいいが、例えば「5階」のように書いてあれば、アパートのなかの宿だとわかるが、番地だけではわからない。しかし、私が迷った最大の原因は、グーグルマップが示す目的地のマークが、実際の場所と50メートルほどずれていたことだ。
 2017年秋の旅が、こうして始まった。

 パレルモは山に挟まれている