1047話 イタリアの散歩者 第3話

 これがイタリアか その2 剥離、はがれ落ちる

 パレルモ駅のそばに長距離バスのターミナルがあり、パレルモを離れる時の情報を集めに行ったら、路面電車を見つけた。鉄道駅の隣りが、路面電車の始発駅だった。駅、というよりは乗り場だが、そこにキップの自動販売機がある。モロッコカサブランカと同じシステムだから、懐かしくなって乗ってみた。行き先のわからないバスに乗ると、とんでもない遠方に連れていかれる可能性があるが、路面電車ならそれほど遠くには行かないだろうし、終点からそのまま戻ってくれば迷うことがない。
 路面電車に乗って、パレルモを眺めた。ここは、カサブランカよりも、はるかにさびれていた。古い低層アパートは汚れ、壁にひびが入り、壁のモルタルがはがれレンガが見えている。古いアパートだけかと思ったが、建ってまだ5年か10年という感じのアパートのベランダの裏、地上から見上げたら見えるベランダの底のモルタルが剥離して、落下の危険を回避するために、緑の網で覆ってある。まだ新しいアパートなのに、モルタルがはがれて、レンガがむき出しになっているのもわかる。壁にヒビが入っているアパートもある。家賃がやや高額かと思われるアパートでは、修復のあとが見える。つまり、建物完成後に、どのアパートでもホテルでも、壁に亀裂が入り、モルタル部分の剥離は起こるが、大家がカネを持っていれば修繕しているということがわかる。
 まだ新しいビルで、こういうひどい状態になっている例を、私は東南アジアで見た記憶がない。イタリアを西ヨーロッパの国だと思い込んでいるから、こういう光景を見て驚くのだ。地理的には、イタリアは間違いなく西ヨーロッパの国なのだが、「おい。おい。イタリアはこんなにひどいのか」という感想が、イタリアに着いて2日目のパレルモでのものだった。
 私の感想というか予感は、ローマで決定的なものになった。ローマの終着駅といえば、「テルミニ」の名で日本人にもよく知られているのだが、駅を出て、大きな軒を見上げれば、ああ、剥離。軒のコンクリート部分がはがれ落ち、骨組みも見える。恐ろしいのは、修繕もしていなければ、網も張ってないことだ。コンクリート片が落ちたら、悪くすると死亡事故も起こりうる。これが首都の、中央駅なのだ。幸か不幸か旅行者があまり見ない部分だが、だから問題がないわけはない。駅構内の商業施設を多く作ってはいるが、利用客の安全は考えていない。
 さまざまな場面で、こういう事がわかって来ると、イタリアの旅が重くるしいものになっていった。世界中から観光客が来てカネを使い、宿泊税を払わされているが、そのカネがどこに消えたのか。政治家か役人か、それとも裏稼業の面々の懐に入ったのか。
 今回は、どこで何をしたといった話題を書いていく従来の旅行記を書く気が無くなったのは、こういう不満がたまっていったからだ。



 ベランダと軒の剥離を緑の網で受け止めている。緊急措置だらけのパレルモだったが、しだいにパレルモだけの問題ではないとわかった。


 ローマの中央駅テルミニの出入り口の軒がこの状態だ。ここには網さえない。