1057話 イタリアの散歩者 第13話

 いつものように、トイレの研究。今回は、ちょっと深い。 その1

 イタリア語でトイレはtoiletteやgabinettoなど数多くの表現があるが、ごく普通に使うのは「バーニョbagno」だろう。文字通りの意味は、「入浴」、「浴室」だが、トイレの婉曲表現としても使う。しかし、bagni pubbllici(bagnoの複数形がbagni)は「公衆便所」ではなく、「公衆浴場」の意味。スペイン語ではbañoと綴るが発音は同じ「バーニョ」。これはおもに家庭の浴室のことだから、空港や駅など公共施設の表示ではservicioを使う。英語のserviceの意味だ。イタリアでもserviziという表記はあるようだが、男女の姿を示すピクトグラム(絵文字)を多く見た記憶がある。ちなみに、スペインの影響を強く受けたフィリピンでは、タガログ語でトイレはbanyoという。
 トイレ(toilet)という英語は、イギリス人やオーストラリア人はふつうに使うが、アメリカ人はこの語を嫌い、通常はbathroomを使う。イタリアでも、英語を使うならこのtoiletという語は使える。
 イタリアのトイレがスペインやポルトガルと違うところは、「トイレットペーパーを便器に流さないでください」という表示がないこと。つまり、使用したトイレットペーパーを便器に捨ててそのまま流していいということだ。世界のかなりの地域では、トイレットペーパーを流してはいけないことになっていて、日本の近くでは中国や韓国や台湾がそうだ。近代的なビルなら、日本と同じように流せるが、古い建物だと流せない。場所によっては、新しい建物でも流さない規則になっていることがある。世界では、「流してはいけない」地域の方がむしろ多い。流せないのは、簡単に水に溶けるトイレットペーパーが供給されていないのが主な理由だ。
 イタリアでは、スペインや、フランスには多くあるしゃがみ式便器には出会っていない。スペインはイスラム教徒の侵略があり、フランスはそれに加えて北アフリカなどアラブ民族と密接な関係があるからか、いわゆるトルコ式と呼ばれるしゃがみ式便器があることはすでに知っている。イタリアはスペインやフランスとは違う歴史なのでしゃがみ式便器はないのかもしれないと思いつつインターネットを検索すると、出てきた。シチリアかと思ったが、北部サンジミニャーノの例が報告されている。
 http://blog.goo.ne.jp/rakkoan2005/e/b55762758c11c99bdd908c0180c05992
 調べればナポリの例などが報告されている。古い建物で営業しているバールに行けば、見つけやすいのだろう。50年前、100年前は、こういうしゃがみ式便器がもっと多かったと思われる。ということは、イタリア旅行の体験を重ねれば、もしかしてトイレットペーパーを流せないトイレがあるのかもしれない。設備が古いアパートなどいくらでもあるだろうから、多分、「使用後の紙を流さないで」という表示があるトイレも、もしかしてあるかもしれない。「紙を流さない文化圏」から来た人は、使用後の紙を流さずに床に捨てる人がいる。そういう事例をオランダで体験しているので、「流すな」という表示を見つけることが重要だ。
 さて、ここからが、イタリアでの初体験の話だ。
 体験1 男子小用便器がない。
 アルベロベッロの公衆便所が初体験だった。「UOMO」(男性用)という表示の部屋に入ると、ドアを開け放した3つの個室が見えた。「あっ、しまった。間違えたか」と思って、慌てて入口に戻り、表示を確かめていると、係の老人が「そこで、いい。OK!」といった。内装も便器も、男女差がないのだ。場所によっては、小便器のあるトイレももちろんあるが、個室だけのこういうトイレには以後何度も出会った。ある博物館では、黒いビニール袋で小便器を包んで、使用できないようにしてあった。どうしてこういうことになったのか、その謎の考察はあとでじっくりやることにしよう。
 アルベロベッロの公衆便所のレシート(0.50ユーロ)の発行元は、Cooperativa Sociale Multiservizi Del Trulli。とんがり屋根の家をtrulloといい、その複数形がtrulliというのがわかると、字面をにらんでいるうちに何となく意味が分かる。
長くなりそうなので、続きは次回。


 アルベロベッロの公衆便所。こういう個室が3つあった。


 ローマの博物館のトイレ。ここは男性専用だが、小便器は使えなくしている。他の体験からして、多分、故障ではない。腰かけ便器に、フタも便座もない話は次回のテーマ。