1064話 イタリアの散歩者 第20話

 ベネチアへ その4


 バーリからナポリに行った。
 ナポリの宿でのある日の朝食は、スイス人家族といっしょだった。幼稚園と小学生の娘がいる夫婦とこれまでのイタリア旅行の話をした。彼らが絶賛したのが、ベネチアだった。
 「今年も行ったんですよ。これで3度目。すばらしい街です」
 宿のオーナーのリビアさんは、ナポリ人だから北部が大嫌いで、「ミラノなんか、ただのでかい街。それだけよ」などと一刀両断にするが、ベネチアの悪口は言わない。
 私はナポリにも満足してなかったから、「ここではないどこかへ」という気分になっていたときに、ベネチアの話題が出たのだ。夫婦は、ベネチア称賛の言葉を重ねた。好ましい印象のふたりだから、その話を素直に聞いた。
 毒食わば皿まで。アルベロベッロとマテーラに行ったのだから、ベネチアに行ってもいいか?
 そんなことを思いつつ、試しにナポリ駅で鉄道料金を調べた。2等で43ユーロ。12時50分発で、ベネチアには18時着。新幹線のような高速鉄道で、この料金は安い。ナポリベネチアの距離は、東北新幹線の東京・新青森の距離とほぼ同じだが、43ユーロはそのときのレートで5848円、一方東北新幹線の方は、16840円、ユーロなら124ユーロだ。ナポリ駅でそういう計算をしたわけではないが、「43ユーロは、東京・大阪の新幹線料金と比べても安い」という概算でうれしくて、「よし、買うぞ!」と決めたのだ。安いから、2日後の切符を買ってしまった。鉄道に乗りたかっただけかと聞かれたら、「そうかもしれない」とも思う。私は鉄道の旅もしたかったのだ。
 ベネチアは、イタリアでもっとも物価が高いという話を聞いた。貧乏な旅行者はどうしよう。宿代は高いだろう。そうか、山辺さんが言っていたように、駅近くの宿を探してみよう。問題は他にもある。ベネチア到着が夕方6時だ。もうすっかり暗くなった街で、安宿を探すのは危険だ。「危険」というのは、治安の問題ではなく、駅近くの安宿はどこも満室になっている可能性があるからだ。夜のベネチアで宿探しをやったら、とんでもなく高い宿しか見つけられないかもしれない。相手は、世界のベネチアだ。10月はまだハイシーズンだ。特級の観光地ベネチアを甘く見たらいけない。予約をしておくべきだが、どうやって? パソコンも、スマホも持っていない。
 宿のリビアさんに相談すると、「はい」とスマホを渡された。これを使いなさいという意味だろうが、私はスマホを使ったことがない。ガイドブックに載っているホテルリストのなかから、駅近くの宿を探して、「すいません、ここに電話してください」とお願いした。電話が通じて、リビアさんはスマホを私に渡した。英語が通じないと、またリビアさんに迷惑をかけるかと思ったが、英語が通じた。「部屋はある」というが、びっくりするほど高額かもしれない。
 「1泊いくらですか?」
 「1泊60ユーロです。トイレ、シャワー付きです」
 イタリアでは、個室の最低クラスの料金だ。
 「じゃ、予約します」
 ちょっと間があって、「予約完了のメールを送りますので・・・」というので、このスマホは私のじゃなくて、ここに送られても困るので・・・というと、信用のためにクレジットカードの番号を教えてほしいといった。それで予約が完了。ひょんなことから、とんとん拍子に問題が片付き、天下の世界的観光地ベネチアに行くことになってしまった。しかも、スマホを使ったことがない私が、宿の予約をスマホでしたのである。たかが電話だろと言われればその通りなのだが、私にとっては偉大な進歩である。
 ベネチアだって恐るるに足らずという思いも、実はあった。いざとなればクレジットカードを持っている。カードがあれば、「所持金なし」にはならない。とりあえずの支払いはできる。高額の滞在費となってしまっても、帰路バンコクに立ち寄るときに、雑誌「ダコ」に連載しているエッセイの原稿料をまとめて受け取ることになっているので、大出費の穴は埋められる。天下のベネチアも、ダコ資金があれば怖くない。そう思ったが、帰国して調べてみれば、ベネチアのホテル代の高さは驚嘆に値する。ちょっとしたホテルで数万円、ちょっとすごいホテルだと、軽く10万円は超える。やはり、貧乏人にはベネチアはおそろしい場所である。


 ナポリの宿から見える景色。南イタリアの陽光を浴びながら、ベネチア旅行を考えた。


 ちょっとイタリアを知っている人だと、これはミラノだと誤解しそうだが、ナポリにもこういうアーケードがあるが、このさびれ方が、ナポリ