1069話 イタリアの散歩者 第25話

 「イタリア料理」は新しい 〜ピザとスパゲティの話 その2
    ピザを愛したのはアメリカ人


 ピザはナポリの郷土料理であり、なかなかイタリア全土に広がらなかったが、アメリカではすぐに愛される食べ物になった。生活が苦しくて、このままでは生きて行けそうにない南イタリアの住民が、移民となって続々とアメリカに渡っていった。彼らはピザを作り、たちまち人気を集めた。1930年代では、イタリア料理として大都市で人気を集め、戦後はピザチェーン店と冷凍食品の出現によって、家庭でも味わえる大人気料理となった。ナポリの郷土料理は、アメリカを代表する人気料理へと一気に成長したのだが、イタリアでは依然郷土料理だった。
 北イタリアにもピザは入っていたが、それはナポリ料理店に行けば食べられるといった程度の存在だったらしい。日本でいえば、チャンプルー(豆腐などが入った沖縄の炒め物)のようなものだと思えばわかりやすいか。東京でも、沖縄料理店に行けばチャンプルーが食べられるが、どこの食堂に行っても食べられるというわけではない。東京の日常的な食べ物になっているわけではない。同じように、1960年代の北イタリアでは、ピザはまだ郷土料理のひとつだったのである。
 北イタリアで、ピザがあまり食べられなかったのにはいくつかの理由がある。
 そもそも、「イタリア」という国ができたのは1861年のことだから、ミラノにとってナポリは異国だったのである。イタリア人は食に対して大変に保守的で、異国の料理にあまり関心を示さない。自分たちが普段食べている料理が世界最高のものだから、我慢してほかの地域の料理を食べる必要などないという思想だ。北イタリア育ちの者が、南イタリアの料理など食べようとは思わないのだ。『ねじ曲げられた「イタリア料理」』の著者の場合は、父親が南イタリアで暮らしたことがあるという点で、ちょっと変わった北イタリア人ということらしい。
 食に対して保守的という点では、ちょっと前の中国人も同じような趣向の人たちだと思われていた。かつて、台湾や香港やシンガポール華人は、外国旅行をしても、中国料理しか口にしなかった。大陸の中国人はもっと保守的だと信じて疑わなかった。ところが、中国人が日本に来ると、すし、すき焼き、カレーなども食べる時代になった。中国人がヨーロッパに行けば、若い層は、ためらいなく地元の料理を食べている。そういう時代になったのだが、イタリア人の食生活は保守的なままだ。
 北イタリアでピザが広まらなかった理由はもうひとつある。イタリア人は、そもそも外食はあまりしなかったという資料がある。『ピザの歴史』には、イタリア政府発表の統計資料が載っている。1968年のイタリアの家庭では、外食費は食費全体のわずか4.5パーセントで、タバコ代よりも少なかったという。イタリア人は昼に家族そろってごちそうを食べる習慣があり、昼に外食することも少ない。そもそもあまり外食をしないのだから、北イタリア人がナポリ料理店に行くことも少ない。当然ながら、よく外食するのは観光客だから、店は観光客の好みの料理を出す。アメリカ人観光客が多かった時代には、都市の飲食店ではアメリカ人向けの料理に人気が集まったという説は、説得力がある。この状況は、実はタイでもインドネシアでも同じなのだ。外国人観光客の登場が、いわゆる「国民料理」を作ったのである。イタリア人の外食費が増えていくのが、1970年代に入ってからだ。
 ビザがほとんどなかった北イタリアに、戦後のアメリカ文化ブームとともにピザが入ってきた。ピザはアメリカで、南イタリアの人が信じられない姿に変わっていた。サラミソーセージやジャガイモなど、さまざまな具がのっている。その変身ぶりの記述を読んでいて、すしの変身を思い浮かべた。日本人はすしをシンプルだとは思ったこともないが、アメリカ人には地味すぎたようで、日本人にとっては「なんだ、これは!」といたくなるような極彩色のすしがアメリカで生まれた。そういう変身が、イタリアからアメリカにやって来たピザにも起こったのだと解釈すればよくわかる。アメリカ式すしは日本には入ってこなかったが、具が多種多彩多量になったアメリカ式ピザはイタリアに再輸入された。正確に言えば、ピザがなかった北イタリアに入り込んだのだった。
 ロックなどのアメリカ文化とともに、アメリカ式のピザが北イタリアに入ってきた。それが時代的には、観光の時代と重なる。映画「ローマの休日」(オードリー・ヘップバーン、1953)や「旅情」(キャサリン・ヘップバーン、1955)を見て、「いつかイタリアに」と思った人たちがイタリアにやって来た。まずは、陸続きのヨーロッパ人、そして1970年前後のジャンボジェット機導入によって安くなったツアー代金のおかげで、アメリカ人も日本人もイタリアにどっとやって来た。今日まで続くイタリアブームの始まりである。
 世界中からイタリアにやって来た観光客が、本場でピザを食べたいと思った。しかし、そのピザは、南イタリア人の移民によって生まれたアメリカ式ピザだ。「本場のピザ」をナポリ以外で探すと、アメリカ式とピザに出会うということになることもある。


 小さなピザや、切り分けたピザは、パン屋で売ることも多い。小麦粉が原料でオーブンで焼くから、パンとピザは仲間なのだ。