1073話 イタリアの散歩者 第29話

 「イタリア料理」は新しい 〜ピザとスパゲティの話 その6
    スパゲティも新しい

 「我々外国人が考えるイタリア料理は、新しい」という仮説は、もともとはスパゲティについて調べているときに考えたものだった。スパゲティについて書いている人はいくらでもいるが、パスタの歴史とスパゲティの歴史を混同していて、イタリア人ははるか昔からスパゲティを食べてきたのだといった解説をしているのだが、「どうも、それは違うぞ」とひらめいた。調べていくと、イタリアのスパゲティ史はどうもここ数十年の歴史ではないかという仮説が浮かび上がって来た。知り合いの食文化研究者たちにその仮説を話すと、「まさか、そんなことはないでしょ」と嘲笑された。
ピザの歴史を調べてみて、やはり私の仮説が正しかったと確信したのだが、その仮説を詳しく話してみよう。
 パスタpastaは英語のpasteと同じ語源でもあり、「練った物」という意味だ。小麦粉などを練って作ったイタリアのパスタは、古代から食べられていたようだが、乾燥パスタであるスパゲティはずっと新しい。小麦粉で作る生パスタは家庭で簡単に手作りできるが、スパゲティそのものを家庭で作ることはできない。工場で生産された乾麺のひとつがスパゲティであり、その誕生は19世紀後半だろうと言われているが、実はもっと新しい可能性もある。誕生地、あるいは主な生産地は、ピザと同じナポリあたりと考えられる。
 パスタをふたつに分けると、理解しやすい。南部では硬質小麦(デュラム小麦)を使った乾燥パスタが主流。タマゴは入れていないが黄色いのは、この小麦の性質によるものだ。中北部では、パン小麦(普通小麦ともいう。パンの原料となる小麦)に生パスタが主流だ。タマゴを入れることも多い。
 すでにこのアジア雑語林819話で書いたことを、ここでまた繰り返す。重要なことを調べずに出版したからだ。『美味しんぼ』(25巻)の「対決!!スパゲティ」にはこういうセリフがある。「スパゲッティをつくるには(中略)デュラム・セモリナ種の小麦粉でなければだめなんだ」(山岡士郎)と語るのだが、この世界にはデュラム・セモリナ種の小麦などない。デュラム種の小麦のセモリナ(粗びき)が正解。父の海原雄山も無知のようで、自信作のスパゲティ料理を「麺はもちろん自家製です」というが、うどんやそばじゃないんだから、厨房でスパゲティは作れない。自家製パスタは、基本的にはスパゲティではないのだ。
 ナポリでは、麺が路上で売られる労働者向けの安い食べ物として普及し、手づかみで食べている写真や絵が公開されている。これを「スパゲティ手づかみの図」だと説明している人が多いのだが、正しいのだろうか。
 https://matome.naver.jp/odai/2135408692332494901
 ネットで調べれば、いくらでも見つかるこういう画像資料を点検してみると、「Maccheroneを食べている」といった解説がついているものがある。このマッケローネ、その複数形のMaccheroniがのちのマカロニの語源とされるが、19世紀には小麦粉製品の総称として使われていて、現在はそれを「パスタ」という語に置き換えている。だから、細長い麺状のものを食べているからといって、それを「スパゲティだ」と断定していいのか。
 『パスタの迷宮』(大矢復、洋泉社、2002)には、手づかみでパスタを食べている写真の解説に、1823年にロンドンで出版された『ナポリの風景』という本の文章を翻訳して紹介している。
 「下層民たちは、一般に、木のフォークで鍋からマッケローニをよそって、右手で、マッケローニの垂れ下がっている部分をちょうど口のところに来るようにもちあげて、手づかみでマッケローニを食べる」
 「スパゲティ」という語は出てこない。引用した文で「マッケローニ」と呼んでいるのは、スパゲティよりちょっと太いVermicelliのようなパスタらしい。マカロニではないのだ。
 スパゲティの謎は深まり、次回に続く。

 まずは生パスタの例をちょっと紹介。

 ミラノのラビオリ専門店。


 ローマのラビオリ専門店でカッテジチーズとほうれん草のラビオリを注文してみた。カウンター式で、食器はプラスチック。


 パレルモのカフェテリアのラザニア。