1080話 イタリアの散歩者 第36話

 「イタリア料理」は新しい 〜ピザとスパゲティの話 その13
    アルデンテ 下

 カフェテリア式のレストランというのがある。あらかじめ作った料理が並んでいて、客は好きな料理を選んで精算するセルフサービス方式のレストランだ。
 イタリアにも、大きな駅やショッピングセンターなどに、この方式のレストランがある。サラダや煮込みや揚げ物、オーブンで焼いた料理は作り置きしてあるが、スパゲティなどの場合はどうなるのか。店によっては、あらかじめ作り、バット(vat)に入れて下から保温している例もある。パスタは通常ゆでるだけで十数分かかるから、この種の店では注文を受けてからゆでるわけはない。では、どうするのか。それを確認したくなって、あるカフェテリアで、スパゲティのトマトソースを注文してみた。
 注文を受けると、料理人は、ザルに入っているスパゲティをフライパンに入れ、パスタ鍋の湯を大量にフライパンに入れる。タプタプに浸るくらいの量だ。トマトソースも入れる。料理人はスパゲティを強火で煮込みつつ、ひとり分のスパゲティをつかんで、パスタ鍋に投入した。どうやら、6〜7分ゆでて、まだかなり硬いときに湯からあげて、次の注文にそなえるようだ。注文が来れば、そのパスタをフライパンに入れ、あたらしいスパゲティをゆで鍋に投入する。そういうシステムになっているとわかった。
 これなら、ゆでる時間は半分で済む。こうやってできた煮込みスパゲティは、日本のイタリア料理店で出す程度の硬さで、博多ラーメンでいう「バリカタ」(とっても硬い)ほどは硬くないが、喫茶店ナポリタンほど柔らかいわけでもなく、日本人向きといっていい硬さだ。


 カフェテリア式の店で食べたスパゲティ。

 きれいなテーブルクロスがかけてある店は、注文を受けてからゆで始めるから、料理ができるまで、早くても20分くらいはかかる。
 ローマ名物のパスタ料理、Tonnarelli Cacio e pepe(トンレーリ・カチョ・エ・ペペ)を食べた。トンレーリというのは手打ちの生パスタで、チーズとコショウ(cacio e pepe)をかけたのが、この料理だ。Tonnarelliは、1078話で紹介したギター・パスタmacchroni alla chitarra、あるいはspaghetti alla chitarraのローマでの呼び名だ。こんなに名前が多いから、外国人は混乱するのだ。『地球の歩き方 ローマ』では、「小麦粉と水だけで作った生パスタで機械で押し出して成型される」と説明しているが、このパスタの作り方はこうだと思う。タマゴも入れるようだ。
 http://memoriediangelina.com/2010/07/31/homemade_tonnarelli/#.WiVmdEpl9PY
 あるいは、こういう資料がある。
 https://it.wikipedia.org/wiki/Spaghetti_alla_chitarra
 切り口が四角いパスタなので、口に入れた感じは讃岐うどんだ。そして、讃岐うどん以上に堅かった。太い麺が口の中でごわごわしていた。吉田うどんはまだ食べたことがないが、こんなに硬いのだろうか。
 太めのスパゲティも食べが、そのトラットリア(食堂)でも、けっこう硬かった。
私の体験はあまりにも少ないので、体験から結論らしきことは言えないが、アルデンテは乾麺を使うイタリア南部の特徴のようで、生パスタをよく使う北部では、あまり硬くはないらしい。しかし、私が食べた「ギター・パスタ」は生パスタだが硬かった。このパスタの乾麺もある。もしかすると、生麺と乾麺で名が変わり、乾麺の方をスパゲティ・アラ・キターラと呼んでいるのかもしれないが、詳しいことはわからない。店や家庭による違いも大きく、「イタリアでは・・・」と一般論を語るのはなかなかに難しいようだ。


 これがチーズとコショウのトンレーリ。


 自称「カルボナーラ発祥の店」のカルボナーラ。ゴワゴワと硬く、粉チーズがゴソゴソしていて、私の好みではなかった。

 『10皿でわかるイタリア料理』(宮嶋勲、日本経済新聞出版社、2013)には、1990 年代末あたりから、イタリアでも日本でも「異常に硬いパスタをサーヴする店が増え始めた」という。アルデンテにこだわる店がいい店、という認識が広まっているという。より硬ければ、より本格派という意識が強くなり、アルデンテがもてはやされるようになったそうだ。
 イタリア料理関連の著作や翻訳書がある渡辺怜子『イタリアの陽気な食衣住(くらし)』(青春出版社、2000)に、「パスタはせったい“アルデンテ”?」という項がある。内容を要約すると、こうなる。
・ミラノ生まれの女性が、アルデンテという言葉を知らないと言った(前川注:北部ミラノだからでしょうか。)。
・イタリアで見ていると、よくゆでたのが好きだ、という人も意外にいる。
・老人夫婦の家のパスタは軟らかめのことがあります。
・スパゲティをフォークで巻いて食べるのが面倒だということで、スパゲティを短く折ってゆでる人がいる。
・F1レーサーは、レースの前には消化の良さを考えて、パスタは軟らかくゆでる。
やはり、「イタリアでは当然アルデンテ」などと軽々しく言わない方がよろしいということだ。
 これでピザとスパゲティの話はおしまいにする。資料を読みながら加筆訂正してきたので、重複することが多く、読みにくかったかもしれない。


 今まで食べたカルボナーラでもっとも好みに合ったのは、スペインのレオンで食べたこれだった。だから、イタリアにいてもスペインを想っていた。

 年末年始は小休止して、次回は軽くコーヒーの話から始めます。食事の話の後は、コーヒーというわけです。