1210話 プラハ 風がハープを奏でるように 第19回

 マルタ・クビショバーとチェコの音楽と政治と その1

 

 プラハの博物館はつまらん、入場料を払う価値のある博物館はあまりない。はっきりとそう認識したのは、ムハ美術館だった。その画家の名はMuchaと書く。チェコ語ではchはhの発音になるから「ムハ」である。フランス語では「ミュシャ」と発音し、日本ではこちらのほうを好むようだ。フランスで活躍した画家だが、日本人は結局、チェコ語よりもフランス語のほうが「素敵!」と感じるからだろう。チェコの日本語ガイドブックでは、今は「ムハ」の方が普通だろう。

 プラハにあるチェコの画家の美術館なら、それはもう世界最高の水準なのだろうと思い、大枚240コルナを支払って入場した。240コルナという金額は、その辺の食堂では使いきれないほどの金額だ。わかりやすく言えば、日本でうな重を食べるほどの感覚だと思えばいい。

 ところが、そこは美術館というより画廊という程度のもので、見ごたえがない。唯一おもしろかったのがムハの生涯を紹介したビデオ画像(20分、英語ナレーション付き)だけだった。これとて、この美術館のオリジナルかどうかわからない。大阪の堺市立文化館「堺 アルフォンス・ミュシャ館」には行ったことがないが、ホームページで見る限り、プラハのこの美術館は、規模の点では堺に大敗している。これは、チェコの悲劇と言えるかもしれない。プラハの美術館の入場料は日本円にして約1200円だが、堺市の美術館は500円だ。ドイ・コレクションが所有していたムハの絵が堺市に寄贈されてできたのがこの美術館だ。ドイ・コレクションは、「カメラのドイ」の創業者である土居君雄氏が集めたもの。土居氏はBMWのコレクターとしても知られ、収集品はやはり堺市に寄贈された。

 マドリッドにもムハ美術館があって、私が行ったのは閉館時刻直前だったので内部は見ていないが、ここもたぶんプラハよりも優れた展示をしているだろう。

 プラハ国立博物館は改装中だったので、別館の展示しか見ていないから評価はできない。それ以外の、いくつかの博物館に行ってわかったのは、入場料が高いほどおもしろくないということだ。入場料が高くて展示が詰まらないとガッカリ度が高くなるという理屈で、初めから期待をしていなくて、入場料が安いと感動が大きいということだ。

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 ムハの壁画があることで有名な市民会館。内部は定時に団体客にのみ高額で解放ということだったので、もちろん見ていない。

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 プラハ城にある聖ビート大聖堂にあるムハのステンドグラス。これを見るだけなら、入場無料。

 ほんの少し期待したら、思いのほかおもしろくてたっぷり半日遊んでしまったのがチェコ音楽博物館だ。チェコ語でCheske Muzeum hudbyという。コンピューターというのは誠に便利なもので、hudbyが「音楽」だとすぐに教えてくれた。なぜそんなことを調べたかというと、「音楽」はmusicに似たmusik(ドイツ語) とかmuzyka(ポーランド語)のような語だろうと思っていたら、全く違う単語だったので驚いたのだ。セルビア語だって、ローマ字表記すればmuzikaだから。

 120コルナを払って入場する。内部は吹き抜けの大きなホールになっていて、ここでコンサートを開くのだろう。展示会場はこのホールを囲むように外側に続いている。出入口付近の回廊で、中古レコードセールをやっていた。個人が集めたレコードを持ち込んで売っているのだろう。ざっとレコードジャケットを見渡すと、ビートルズの時代のものが多いようで、レコードを売っている人たちの世代と重なる。

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 音楽博物館もまた、美しい建物だ。

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 誰が愛用したものか、メモするのを忘れた。由緒ある楽器なんでしょう。

 館内の主要展示品は古今の西洋楽器で、ボタンを押せばその楽器の音が聞けるのがありがたい。こういう工夫はローマの民族博物館でもあったし、今では大阪の国立民族学博物館にもある。楽器を美術品だと考えれば、ただ展示しているだけでいいのだろうが、やはり楽器は音を聞きたい。

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 これはディスコバンドだな。

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 これは売れ線ポップだろうなどと予想しながら、聞いていく。

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 チェコスロバキアの歌手にはHanaという名が多いのかなどということも気になりつつ、なつかしいレコードプレーヤーにレコードをのせる。

 数多い展示室のなかで、まったく楽器のない部屋があった。部屋にレコードプレーヤーとスピーカー、レコードがちょっとある。ジャケットがボロボロになったLPが10枚ほど。シングル盤が5枚ほど。クラシックはない。全部ポピュラー音楽だ。「どうぞ、ご自由にお聞きください」ということらしい。チェコのポピュラー音楽を聞きたいと思っていたからちょうどいい。今でもよくやる「ジャケット買い」の要領で、ジャケットをにらんで、どういう音楽が詰まっているのか想像しながら、プレーヤーにレコード盤を置いた。幸か不幸か入場者が極めて少ないので、視聴室を占領できる。レコードをかけるのは30年以上やっていない。レコードに針をのせる。シャキシャキというレコード音がなつかしい

 ここで、そのレコードに出会った。