1081話 イタリアの散歩者 第37話

 コーヒーの話  上


 ポルトガルもスペインンもイタリアも、コーヒーはエスプレッソだ。コーヒー豆を煮だすのがトルコやギリシャのやり方だが、ポルトガル、スペイン、フランス、イタリアなどのコーヒーは、コーヒーの粉に熱い蒸気を通して抽出する方法だ。この抽出機が発明されたのは20世紀初めだった。現在の電気のエスプレッソマシーンが世に出るのは1960 年代以降らしい。そういう機械が主流となる前のコーヒーはどういうものだったか。パリの事情は、鹿島茂氏の著作によってよくわかる。その話はすでに、このアジア雑語林378話に書いているが、ちょっと要約する。
 フランスでは長らく布袋を使ったドリップ式だったが、第2次大戦後に登場した金属製フィルター「カフェ・フィルトル」が登場した。ベトナムで使っている、あの金属フィルターだ。こういうものだ。
 http://weblogs.xrea.jp/vietnam_coffee/
 1950年代になると、イタリアからエスプレッソマシーンが導入されて、それ以降フランスのコーヒーがエスプレッソになったという。だから、エスプレッソはイタリアが先輩ということになる。現在、イタリアの家庭でも使っているコーヒー抽出器モカMOKA、あるいはモカポットなどと呼ばれている道具でエスプレッソを作っていて、60年代に電動に移行していったということらしい。
 https://www.howitworksdaily.com/how-do-moka-pots-work/
 エスプレッソの先輩格、イタリアのコーヒーは私には合わなかった。スペインでは、甘いパンを食べるときは、コーヒーには砂糖を入れずそのまま飲んでいた。コーヒーの量は少ないが、それでもある程度の量はあった。それがイタリアでは、ひと口分しかないのだ。ぐい吞み1杯分だ。濃いが、苦味はない。そのまま飲んでもうまくない。甘くしたくない私には苦手なコーヒーで、いつも「カフェ・アメリカーノ」と注文していた。
 カフェ・アメリカーノ、つまりアメリカン・コーヒーというものは、街ならどこででも飲めると思うが、イタリア人は飲まないものなので、店によって差が大きい。大別すると、2パターンある。
 ひとつは、湯を多めに入れるもの。エスプレッソ用のカップではなく、カプチーノ用の大きなカップエスプレッソを入れ、適量の湯を加える。この「適量の湯」の量がバラバラだ。店員が飲みたくもない代物だから、どれだけ湯を入れるか自分でもわからないのだ。私の経験では、エスプレッソの5〜10倍の湯で薄めるといったところか。元々うまくないコーヒーだから、湯を入れると、まずます味がなくなる。
 もうひとつのやり方は、客が好みの湯を入れる場合だ。カプチーノカップエスプレッソを入れ、日本の喫茶店でミルクが入っているピッチャー、磁器のミルクピッチャー(小さなものではない)に湯をたっぷり入れて出される。客は好きな量の湯をカップに注ぐ。ある店で、アメリカーノのテイクアウトを注文したら、発泡スチロールのカップエスプレッソと、別のカップに湯を入れて、ふたつのカップが出てきたことがあった。


 食堂で、「カフェ・アメリカーノ」といって、適当な濃さで持ってきた例。


 客が、右側のミルクピッチャーに入っている湯を好みの量を入れる。コーヒーがほとんど見えないほど量が少ない。


 街の自動販売機は盗難や破壊の心配があると普及しないのだが、イタリアにはタバコの自動販売機と並んで、コーヒーの自動販売機があった。博物館や会社など屋内設置以外に、通りの「自動販売機コーナー」のような無人の場所にもあった。


 そういう自動販売機のコーヒー。この量の少なさを見よ。砂糖の量は、機械で調節できる。