1088話 イタリアの散歩者 第44話

 トリノにて  〜なんだか、いい。


 ミラノにいたときは、イタリアではミラノがいちばん居心地のいい街かもしれないと思ったが、トリノに来たら、「トリノのほうがずっといいな」と思った。トリノ駅(トリノ・ポルタ・ヌオーバ駅)を出て振り向いたときに、そう思った。ミラノに比べて駅舎は小さい。「どうだ、参ったか!!」と、人を威圧する偉そうなミラノ駅と違って、トリノ駅は愛らしい。

 以下3枚の写真は、トリノ駅。ちょっといいでしょ? 近代的なトリノ・ポルタ・スーザ駅はちょっと北にある。

 駅を背に歩き出すと、公園のような遊歩道のような通りがある。イタリアでは、その街の主要道路を「ローマ通り」と名付けるそうだが、トリノのローマ通りは何車線もあるような大通りではない。駅を出てすぐ前にカルロ・フェリーチェ公園がある。そのまま北に歩けばローマ通り。2車線の静かな通りの回廊となっている歩道を歩いて行くと、サン・カルロ広場。そしてそのまま高級品店が並ぶ道を歩いて行けば、カステッロ広場に出る。これが王宮へと至る遊歩道のような感じで、自動車を気にしないで歩けるのがうれしい。


 駅から北にちょっと歩くと、こういう回廊に出て・・・


 こういう映画館があり、ヨーロッパだなあと思い・・・


 サン・カルロ広場に出る。

 カステッロ広場の一角に、レージョ劇場がある。回廊のようになっている出入り口近くを歩いていると、どこからともなく音楽が聞こえてきて、見上げれば天井に小さなスピーカーがついている。ありがたいことに、厚い壁の一部をくりぬいたような様な形で石の椅子がしつらえてあり、そこに座ってしばらく音楽を聞いていた。クラッシックだ。ワルツだ。聞いたことがある曲も流れてくるが、さて・・・。曲目を思い出せないが、まあそんなことはどうでもいい。劇場のポスターを見ると、オペラをよくやるらしい。このあたりが、ミラノの最も古い場所らしい。低い音量で流れている音楽を、こういう古い地域でBGMとして聞いている気分はいい。
もしも、本を書き下ろすためにひと月かふた月滞在するなら、イタリアのどの街が最適かという空想遊びをしたら、「トリノ」という答えが出た。たっぷりカネがあれば、ベネチアも悪くないが、トリノでは、散歩の途中に立ち寄って、コーヒーを飲み、何か食べ、店主とおしゃべりするのが楽しい店をすでに見つけた。旅日記を書くのに都合のいい店が見つかったら、街散歩は成功だといっていい。


 レージョ劇場の入口近くのベンチで、しばらく音楽を聞く。写真左上に小さいが音のいいスピーカーがついている。


 私には縁のないオペラの案内。

 しかし、数時間の散歩をすると、街の中心地は生活感のない地域だとわかってきて、味気無さを感じていた。日本でいえば、商店街があり、その脇道を入ると飲食店街があり、遅くまでやっている古本屋があるというような地域はないかと探したのだが、歩いた範囲では見つからない。
 そこで、トラムに乗った。リスボンでやったように、運が良ければ、街を周遊するようなトラム路線があって、座っているだけで街の様子がわかるという。そういう期待があったのだが、トラムは北上を続けた。のちに地図で見ると北東なのだが、ひたすら走り、夕暮れが夜に変わった。小1時間しても、まだ走っていた、これでは郊外列車だ。
 その線路の両脇が、街だった。ガイドブックの地図の範囲外の場所だ。人が住んでいる普通の街だった、アパートがあり、商店があり、パン屋や小汚いバールがあり、しゃれた店などない。旅行雑誌が取材に来るような場所ではない。外国人が多いが、外国人観光客はほとんどいないだろう。
線路の片側が荒野のようになり、大きな建物が見えて、降りることにした。終点まで乗ってみようと思っていたのだが、このまま乗っていると、どこまで連れていかれるのか分からない。
 私といっしょに降りた客はいない。乗り場の向かいの大きな建物は、たぶん物流センターのような施設だろう。
 寒い。寒くなることを想定して、バッグにジャンパーが入っていて、トラムを降りてすぐに着たのだが、それでも寒い。寒風が吹いている。たぶん、気温は10度ちょっとだろう。ひとり、ふたりと乗客がやって来る。私以外はアフリカ人だ。トラムはすぐに来たが、回送ばかりで、そのたびにがっかりさせられた。
 寒風が吹き抜ける中30分ほど待って、トラムに乗った。それから、また、夜のトリノを小1時間走った。まるでロマンチックではなく、普通の人が普通に住んでいる地域の普通の風景だった。そういう日も、また楽しい。


 散歩をしていてトラムの乗り場に出ると、行き先もわからず乗るという遊びをよくやる。