1090話 イタリアの散歩者 第46話

 トリノにて 〜自動車博物館


 トリノは、ミラノを小さくしたような街だから、小さくなった分、歩いて街を把握できると思ったが、そうでもない。駅から北にでかいということは、前々回にトラムの旅で書いた通りだから、街探検の楽しみはある。
 トリノの地図を見ていたら、自動車博物館があるとわかった。トリノフィアット企業城下町だから、フィアット博物館かと思ったが、そうではないらしい。MAUTOというのだが、これはMuseo Nazionale delle’Automobile”Carlo Biscaretti di Ruffira”の略称だ。国立の博物館になっているらしい。カルロ・ビスカッレッティ・ディ・ルフィア(1879~1959)はトリノ出身の有力者。工業デザイナー、ジャーナリスト、自動車愛好家として有名で、この博物館は彼のコレクションが元になっている。
 館内はいくつものセクションに分かれているが、クラッシックカー展示はざっと見て、レーシングカー展示は素通りして、もっとも時間をかけて見たのは、フィアット車の歴史だ。他の会社の自動車でも同じなのだが、1960年代の自動車はおもしろく、美しい。
 珍しい自動車が展示してある博物館だと思っていて、展示面積の大半はそのとおりなのだが、それ以外の展示がおもしろかった。「映画の自動車」というビデオは、箸休め程度のものだったが、ないよりはいい。自動車という機械の展示館だけでなく、自動車産業資料館の面があって、自動車マニアではない私にはかえってよかった。自動車と世界経済というビデオがおもしろかった。ヨーロッパで自動車が生まれて、T型フォード以降アメリカの時代を迎え、日本車が台頭してきて、これからは中国とインドの時代がやってくるといった事実を、統計を駆使したテレビ番組のようになっていて、イタリア語の解説でもよくわかった。英語の字幕があったのかなあ。


 フィアットといえば、この500(チンクエチェント)。乗り心地は悪くてて狭いと思うが、路上のオブジェとしては好きだ。


 1957〜90年まで生産された東ドイツの伝説的な自動車トラバント。過去の映像もあって、興味深い。


 「映画の自動車」がテーマなら、「ゲッタウエイ」とかいろいろ頭に浮かびつつビデオを見た。「華麗なるギャッツビー」はともかく、「俺たちに明日はない」があったのには驚いた。犯罪に自動車を利用する映画は取り上げないだろうと思ったのだが・・・。

 レコードジャケットの自動車」という展示コーナーもある。今は自動車があこがれの存在ではなくなって、CDジャケットに自動車を使うことは少ないような気がするが、どうでしょう?

 たっぷり2時間ほど遊んだのは、自動車のテレビCM集だ。ブースに入って、100本近くのCMフィルムをすべて見た。これが、実におもしろかった。1960年代から2000年代までに、おそらくイタリアで放送された自動車のCMを集めたものだろう。イタリアで放送されたといっても、もちろんイタリア車に限ってはいないし、CM自体は例えばイギリスで制作され、イタリア語版にしたらしいと思われるものもある。自動車会社の国籍や放送した国の文化などを反映したCMはほとんどない。KIAのCMは、ロケ地がおそらくカリフォルニアで、ヒップホップのファッションをした若者が運転しているアメリカのTVCFだ。映像のどこにも韓国らしさはない。唯一の例外が、スバル・フォレスターだろう。ハワイらしき場所。泥だらけのフォレスターが走って来て止まる。洗車にやって来たのはまわし姿の力士の一団。車はたちまちきれいになるというだけのもの。
 このブースで公開しているフィルムは、ベスト・オブ・ベストとして選んだものだろうから、ショートコントなど、なかなか面白いものも多い。そのなかで、「特異」と呼びたくなる作品があった。どう特異かというと、その車の姿をまったく見せないCMだからだ。北欧かカナダかどこか、雪深い平原を、まるでモグラのように雪の中を走る物体。物体が動くと、その上の雪が持ち上がって行く。直進し、止まり、左折して進む。「こんなことができるのは、ジープ・チェロキーだけです」の文字。最後まで車の姿は見せない。憎いね。
 1960年代のアメリカとイタリアの自動車CM比較もおもしろい。アメリカのCMは、「フォードはこんなにでかいぞ、どうだ!」という下品なCM。これは予想通り。一方、フィアットのCMは、コンバーティブルに小川ローザ風のモデルが乗っている。背景は白だから、スタジオだ。髪が揺れているのは、扇風機のせいだろう。悲しくなるほど、カネがかかっていない。それが、当時のイタリアの経済力だったのだろうが、1960年はローマ・オリンピックの年だった。
 100本近くのCMを見て気がついたのは、メルセデスアウディー、ボルボが1本もない。BMWは少ないが、ある。イギリス車はほんのちょっとあった。全体的には、イタリアとフランス車中心で、イタリア人入場者には、その方がいいのだろう。
 
 博物館から歩いて駅周辺に戻ろうと考えた。トリノ駅方面に歩くと90分かと踏んだのだが、休憩時間も含めて60分だった。日曜日だから、晩秋の公園には家族連れが多かった。川がある街は、いい。彼は舞う公園を歩いていたら、去年も同じ景色のマドリッドを歩いていたことを思い出した。


 自動車博物館からポー川にそって北に歩くと、公園があって「中世の村」という小さなテーマパークもある。強い風が吹くと、落ち葉が吹雪のように舞った。