1092話 イタリアの散歩者 第48話

 トリノにて 〜モーレ・アントネッリアーナと国立映画博物館

 高層建築物が見えないトリノで、頭ひとつどころか、腰から上が飛び出しているのがミーレ・アントネッリアーナだ。4階建てくらいの石の建物が並ぶなか、167メートルの塔は特異な風景を作っている。背の高い教会や塔は他の都市や他の国にもあるが、この建物がほかと違うのは、中空ということかもしれない。内部が大空間なのである。イタリアに行く前に、インターネットでその姿を見て、もしトリノに行く機会があったら、この建物を見に行こうと決めていた。建物そのものの魅力と同時に、展望台からトリノの街と、もしかしてその向こうのアルプスが見えるかもしれないという期待があった。そして、この建物は現在国立映画博物館になっているので、その意味でもぜひ行ってみたいと思っていた。
 寒風が吹く午後、入り口の前の列に並んだ。10分か20分待つことになるかもしれないが、まあそのくらいならいいと思っていた。それが、40分も並んだが、列に動きがない。寒いから散歩をしようかとも思ったが、これだけ並ぶと、「せっかくここまで並んだのだから、これで諦められない。多分もう少しだろう」という希望的観測があって、最終的には95分待つことになった。なかなか入れなかった理由は、入場制限をしていたからだ。展望台は狭いから、降りてきた人数しかエレベーターに乗せない。
入場に時間がかかり、展望台にたどり着いたときにはすっかり暗くなり、夜景しか見えなかった。映画博物館の方は、映画の機材の展示には興味がなく、映画紹介は「映画と動物」という特集で、「ジョーズ」などをパネルとビデオで紹介していたが、私にはどれも興味のない映画だ。私にとっての新発見は、テレビ映画版しか知らなかった「名犬ラッシー」に、映画版があったと知ったことか。帰国後調べれば、映画版は1943年以降8本もあったのだ。


 高い塔だから、全貌を撮影できる場所を探すのに手間がかかりそうなので、すぐ近くで間に合わせた。気になるスタイルの塔だ。


 内側の壁際が、映画博物館になっている。


 乗り場はエレベーターだが、実際はゴンドラだ。このワイヤーで天井(天上)に運ばれていく。

 帰国後、この建物について調べてみた。
この建物は、そもそもはトリノ在住のユダヤ人組織が、建築家アレサンドロ・アントネッソ(1798~1888)に依頼して作ったシナゴーグユダヤ教会堂)である。建設が始まったのは1863年で、一応の完成をみたのは1889年である。20世紀以前にできた建造物としては、エッフェル塔、ニュー・ブライトン塔(イギリス、現存せず)に次いで、当時世界で3番目に高かったようだ。モーレは、記念碑的な大建造物を意味する語で、建築家の名にちなんでモーレ・アントネッリアーナと呼ばれている。設計者の名を冠したエッフェル塔になぞらえば、翻訳すればアントネッソ塔か。
 できるだけ高い塔を作りたい建築家と、低くてもいいから費用を抑えたい施主との間でもめ、ごたごたが続き、なかなか完成しなかった。建築家の死後も工事が続いた。その間に、さまざまな建築家がインテリアなどの面で協力してきた。資料を読むと、その建築家のなかに、1905年から08年まで装飾を担当したAnnibale Rigotti(1870~1968)の名前があってびっくりした。よく知っている名前だ。こんなところで、イタリアとタイが結びつくとは・・・。
 タイの近代建築史を研究している者には馴染みのある名前で、マリオ・タマーニョと共同でバンコクのアナンタサマーコム宮殿(旧国会議事堂)やバンコク中央駅(通称フアランポーン)などを設計した建築家だ。
https://www.tripadvisor.jp/Attraction_Review-g293916-d1950090-Reviews-Ananta_Samakhom_Throne_Hall-Bangkok.html 
https://freelifer.jp/?p=11415

マリオ・タマーニョとタイ近代建築に関しては、この資料を。
https://en.wikipedia.org/wiki/Mario_Tamagno



 展望台に上ると、もうすでに暗く、


 すぐに夜になった。眼下が、トリノの歴史的地区。