1103話 イタリアの散歩者 第59話

 リゾット

 ミラノの宿で、経営者のおばあちゃんに「この辺で、安くておいしいレストランを紹介してほしいのですが・・・」と情報を求めたら、「おいしい料理は、安くないのよね」と無表情に言い、「食べたいのは、どんな料理なの? ミラノ料理なの?」と追い打ちをかけるので、語気に押されて、「はい」と言った。
 「じゃあ、ここね」と、カウンターの市内地図に●印をつけて、ミラノ駅近くのレストランを紹介してくれた。駅を境にして、私が泊まっているホテルの反対側になる。夜8時のミラノがどういう状況なのかまったく知らないが、通りに出ると、もう人通りはあまりなかった。駅舎の近くにホームレスの寝床がまとまってある。その近くを歩いているのは私ひとりだ。
 紹介してもらったレストランに行った。近所に住んでいる人が家族で来るような店だが、日本風に言えば、サンダル履きで来るラーメン屋ではなく、卒業や就職など祝い事の日に家族で食べにくるような店で、ちょっと身構えた。
メニューを見ても、わかる料理があまりない。「イタリア料理をよく知らないのです。何を勧めますか?」と正直に言う。
「 ミラノ料理ですか?」
 「はい」
 「じゃあ、これはいかがですか」とボーイが指さした料理を注文した。
 Risotto alla miranese
 「ミラノ風リゾット」ということはわかるが、サフランを使ったものだという知識は、このときはまだない。イタリアでまだリゾットを食べていないから、おもしろいと思った。もう1品は牛肉だという事しかわからずに注文してみた。ロシアンルーレットである。
 水と、籠にはいったパンが運ばれてきた。いつもと違うのは、名も知らぬ薄いパンも出たことだ。イタリアでつくづく思うのだが、パスタでパン、リゾットでパンと、まるで関西人のようなでんぷん+デンプンの食事を好むことだ。
 さて、料理だ。牛筋肉の煮込みかと思ったのだが、塩ゆでだ。その上にニンジンのみじん切りが乗っている。味は、ほとんどない。薄い塩味だけだ。そのせいではないだろうが、リゾットはやや塩辛い。米に芯があるのは予想通りだ。意外だったのは、芯があることの不満よりも、具がないことの不満の方が強かったことだ。ひたすら米を食べているのは、舌も歯も欲求不満なのだ。具のない雑炊を食べ続けていると、想像していただきたい。これが中国料理で、とろとろに煮た牛筋肉と白粥という組み合わせなら、それはそれでうまいと思う。つまり、私の好みとイタリア料理がうまく合致しないのだろう。


 右がミラノ風リゾット、左が牛筋肉のニンジンかけ。皿の向こうに、薄いパンが見える。

 この店の支払い。
 Coperto(席料)  2.00
 Acqua minerale(ミネラル水)1.70
 Secondo 16.00
 合計 19.70
 Secondoセコンドというのは、メインディッシュのこと。レシートにサービス料は入っていないので、チップを払った。合計3000円ほどの夕食だった。
 2度目にリゾットを食べたのはローマだった。ローマ・テルミニ駅構内にブッフェ式のレストランがある。メニューではなく現物を指さすだけで注文ができるので外国人には便利だ。基本的にひとり分を想定しているので、外国人でひとり旅をしている私にはなお便利だ。
 そこで、コックが木のさじで鍋のなかをかき回している光景を見た。リゾットを作っているのは明らかだ。スープを加えつつ、生米を根気よくかき混ぜないといけない料理だから、忙しい。なぜか、ごく薄い緑のエビ入りリゾットだ。”Risotto curry”という表示がある。カレーだが、黄色くないということは、もしや?
 それだけの好奇心で注文してみた。食べてみれば、私の勘が大当たりしたことがわかった。タイの、ケーン・キヨワーン、日本ではグリーン・タイ・カレーと呼んでいるものだが、タイ人1人前のスパイスペーストを、ココナツミルクとおそらく牛乳で20人前に引き伸ばしたようなものだから、辛味などまったくない。多分、ナムプラーは使っていないと思う。タイ料理がこういう形で、こういう場所に侵入したのだなあとわかったのが収穫だった。味は、「食える」という程度。まずいわけではない。


 この写真では、ほんの少し黄色く見える。カレー粉をほんの少し入れただけなのを誤解したかと少々不安だが、記憶ではタイのカレーだったと感じたが、どっちみちスパイスはわずかしか入っていない。右はナスやズッキーニの炒め煮。