1105話 イタリアの散歩者 第61話

 落穂ひろい
     ああ、郵便

 いままで、たまたま書きそびれてしまった事や、1回分にはならない小さな話題などを集めて、「落穂ひろい」として何回か書くことにしよう。

 イタリアの郵便映画といえば、「郵便配達は二度ベルを鳴らす」(1942年)や「イルー・ポスティーノ」(1994年)などが浮かぶが、そういう映画ではわからないのが、イタリアの郵便事情の悪さだ。
 イタリアについて書いた数々のエッセイを読めば、郵便事情の悪さを嘆く文章はいくらでも見つかる。「イタリアから日本に送った郵便物が、2か月たってもまだ着かない」とか、「船便で送った品物が、1年たっても届かない」といった記述は、それこそ山ほどある。
 郵便事業の危機的状況を打開すべく、政府が全株式を保有する民間事業になったのだが、悪評が消えたわけではない。同業者である日本郵政は、イタリアから日本への郵便物(EMS、小包)の配達日数がかかるようになっている理由を、こう説明している。

 「イタリアでは、税関検査の強化に伴い、配達までにより多くの日数がかかっております。また、その状況をご承知で差し出される場合も、ラベルや書類の記載が不正確だと、さらに日数がかかり、あるいは返送されてくるおそれがあります。
 また、その状況をご承知で郵便物を差し出される場合は、ラベルおよび税関告知書への記載は、英語、フランス語またはイタリア語で正確なご記入をお願いします」

 「万が一、イタリアに郵便物を送るなどと考えるなら、それ相当の覚悟をせよ」と言っているのだが、イタリアをよく知る人は税関検査云々のくだりは、「ウソだね」と言いたくなるはずだ。税関検査が厳しくなる以前から、到着まで日数がかかっていたのだ。インターネットで、「イタリア 郵便事情」で検索すれば、悪評記事がいくらでも見つかるが、「なぜ」という理由を書いている人はいない。だから私も想像で書くしかないのだが、郵便事情が悪い理由は簡単だ。誰もよくしようとは思わないからだろう。郵便事業の管理者は「よくしよう」とは思わないし、職員(民間事業だから社員か)も、まじめに働こうとは思わないということだろう。簡単に言えば、社会主義国第三世界の国々のようになっているのではないか。
 イタリアの郵便局事情は、こうだ。
 営業時間は、月〜金8:20〜13:35、土曜日は12:35まで。インターネットで調べると、営業時間に関していくつかの情報が見つかるが、おおよそで言えば昼までしかやっていないということだ。中央郵便局だけは、月〜土8:20〜17:00だとは言え、基本的には働かないのである。だから、郵便物はたまり、配達に時間がかかり、管理がずさんだから、余計に郵便物がたまる。故意か過失で、郵便物とゴミの区別をつけなくなり、郵便物が消える。あるいは小包などの中身が消える。そういう事だろう。
 石の屋根で有名なアルベロベッロから絵葉書を送ろうと考えていたので、街で郵便局の場所を確認して、ドアに書いてある営業時間に驚き、「やはり、イタリアはダメな国だ」と確信を深めたのだ。郵便局は1時30分には閉まるので、昼飯前に大急ぎでハガキを書き、郵便局に持って行った。テレビのバラエティ風に言うと、「そこで驚愕の事実を目撃することになる!!」のだ。いままで、さまざまな国で絵葉書を持って郵便局に行った。窓口でハガキを渡すと、行き先と枚数を確認して、総額を告げられ、カネを払うと、切手を渡される。均一料金の場合は、ハガキの枚数を数えるだけで、金額が告げられる。買った切手をその場でハガキに貼って、また窓口に持って行く。場合によっては、「ポストに自分で投函せよ」と言われ、局内が局の表あたりにあるポストに投函する。何十年も、旅先でそういう体験をしてきた。
 アルベロベッロの郵便局のカウンターで絵葉書を差し出すと、局員は機械にハガキを置いて、キーボードになにか打ち込んで、ハガキに印字する。シールに印刷して貼り付けるのではなく、ハガキに直接印字するのだ。これを1枚1枚やっていく。私のようにキーボードをうまく使えない老いた職員が。指2本でオロオロと打っているので、えらく時間がかかる。
 もっと驚くのは、その料金だ。イタリアからハガキを出すと、1枚85セント(当時約115円)のはずなのに(日本からイタリアに出す場合、ハガキは70円だ)、ここでは1枚2.20ユーロ(約300円)なのだ。なんだ、この料金は。想像するに、これは速達書留のようなものだろう。1枚1枚数字を打ち込んで、追跡できるようにしているのだろう。そういうことでもしないと、職員が捨ててしまうこともあるからだろう。タバッキ(タバコ屋)で切手が買える。85セントの切手を買って、投函することは誰でもたやすくできることなのだが、それでは着くかどうか誰にも分からない。だから、書留のような方式を採用したのだろう。
 帰国してからイタリアの郵便制度や郵便事情をいろいろ調べたが、煩雑なのでここでは書かない。興味ある人は自分で調べていただきたい。
 私がアルベロベッロから出した絵葉書の行方は、全貌はわからない。「絵葉書、着いた」という、いつくか情報によれば、投函後に日本には20日からひと月かかって到着したようだ。ハガキ全部の追跡調査をしていないので、到着しないハガキに関しては、わからない。300円も払ったのに、速達でさえない。それが、イタリアである。


 アルベロベッロの広場にあるカフェテラスで、大急ぎで絵葉書を書いた。この写真を撮ったときは曇っていたが、絵葉書を書き始めると、10月だというのに、日なたは痛いほど暑く、木陰に椅子とテーブルを動かして、書いた。気候では、やはり北イタリアはいやだ。