1110話 イタリアの散歩者 第66話

穂ひろい
    タイ人、運動会の帽子 


タイ人・・・イタリアで、おそらく数多くのタイ人を目にしているのだろうが、確かめようがない。会話から、「あっ、タイ人だ」とわかったことが何例かはある。
 ベネチアのサンタ・ルチア駅前の通りで、黄衣の仏僧を見かけた。上座部仏教の僧だということは明らかだ。タイやビルマラオスカンボジアなどの僧だ。多分タイ人だろうが、会話を聞かないと、国籍はわからない。
 それから2時間ほどあとで、その僧をサン・マルコ広場で見かけ、世話人との会話でふたりがタイ人だと確信した。仏僧がサン・マルコ寺院入場の列に並んでいるのがちょっとおもしろかった。


サン・マルコ広場のタイ人仏僧は、全部で4人いた。

 ベネチアの細い路地でもタイ人に出会った。路地でタイ語の会話が聞こえ、その一団とすれ違う時に「サワディ・クラップ」(こんにちは)と挨拶したら、50代くらいの人が
「あら、タイ人なの?」
「いいえ、日本人です」
タイ語をしゃべる日本人よ」と前を歩く人に声をかけたので、私の周りに集まってきた。50代がふたり、30代がふたり、20代がふたりで、いずれも女。そこに20代の男がひとりいる。旅行社が企画したツアーのようではなく、正体がわからない。
「ツアーじゃないんです。自分たちだけで旅行しているんです」と若い男は言った。これからスイス、フランスと旅するという。いわゆるバックパッカースタイルならタイ人旅行者もいるが、この人数で、この構成での旅行だと、二段ベッドのドミトリーというわけにはいかず、かなりの旅費が必要なはずだ。そのあたりのことをじっくりと聞きたいのだが、なにしろ狭い路地だ。立ち話をすると、後ろの人が通れない。私が彼女らに興味を持ったように、彼女たちは私に興味を持ったらしい。タイ人は、タイ語は世界のマイナー言語だということがわかっているから、外国人がタイ語をしゃべることに興味を持つ。そして、もう何百回も聞かれたいつもの質問が飛んできた。
 「フェーンはタイ人でしょ?」
 フェーンとは、元は英語のファン(fan)が語源だというのだが、タイでの意味は「愛する人」だ。同性異性関係ない。法律上の婚姻関係があるかないかも関係ない。だから、夫や妻の意味でも、愛人、ボーイフレンド、どういう意味合いにもなる。外国人は、そういうフェーンがいなければ、タイ語を話すようにはならないと思い込んでいるから、いや、実際にそういう外国人が多いのだが、多少なりともタイ語を話す外国人に出会うと、この質問をする。
 「残念ながら、そうじゃないんだけどね・・・」といって、彼女らと別れた。ゆっくり話を聞きたかったなあ。
 ローマでも、歩道でじゃれあっている若いタイ人たちを見かけた。成金の子供たちだろう。
運動会の帽子・・・ミラノのスフォルツァ城のなかに市立博物館があるので出かけたら、中庭で小学生の団体に出会った。皆、赤い帽子をかぶっていて、運動会の紅白帽子を思い出したが、ミラノの帽子は裏返しても白にはならないよな、などと思いながらシャッターを押した。この帽子は、多分、交通安全帽子だろうと思うのだが・・・。


 こちらの赤帽の方が、日本のものよりも格好いい。