1116話 イタリアの散歩者 第72話 最終話

 肉専門店

 昼にローマを発った飛行機は、翌早朝、軍事独裁政権下タイの首都バンコクに着いた。ここで乗り換える。日本への便が出るのは深夜だから、ちょっと遊べる。昼飯と夕飯は友人たちと楽しむことになっているが、朝飯はひとりで食べる。で、さて、何を食うか。勝手知ったるバンコクだから、アイデアはいくつも浮かぶ。友人たちから、空港にも穴場の飯屋があるという情報を得ているのだが、時間はたっぷりあるので、街に出ることにしよう。
 朝食には粥とおかずの店がいいと思った。昔よく通った店が中華街にあったのだが、数年前に閉店したことはすでに知っている。長い間眠り続けていたバンコクの中華街は、その下を地下鉄が通ることになって、駅の建設工事なども加わって、スクラップ&ビルドの時代に入った。汚れ、ホコリまみれの中華街が、改築や改装が行われなかったのは、この時期を待っていたからかもしれない。
 空港から電車でバンコクの中心部に入り、地下鉄に乗り換えて、ファランポーンバンコク中央駅)。そこから歩く。数年前に、かつての行きつけの店に行き、半壊状態だったのに驚き、しかたがなく、次善の策で向かいの店に行った。ここも同じように、粥と、あらかじめ作った数十種類のおかずを並べた店だが、料理の味でやや劣るので、行きつけの店が何かの事情で空いていないときに使う「おさえの店」だ。その店にしよう。
 今回、その「おさえの店」に行ってみると、両替チェーン店スーパーリッチになっている。向かいの、かつての行きつけの店があった土地には新しいビルができて1階はシャレた西洋料理店になっている。ホコリが堆積していただけの、眠っていた中華街が地下鉄と観光開発のせいで、息を吹き返してきた。古道具屋がお似合いの街に、自称「アンティックショップ」ができている。
 予定していた店が、なくなっていた。空腹を抱えた旅行者は、その日の最初の食事場所を失った。うまそうな店のリストが頭に浮かんだが、朝のこの時間では早すぎる。しばらく歩いて探すには空腹すぎるので、あたりを見回して、粥に次ぐ候補を探せば、カオ・マン・カイの店が見えた。昨今の日本でもはやっている「シンガポール・チキンライス」あるいは「海南鶏飯」のタイ版である。
 パイプの椅子に座りながら、注文した。5分もせずに料理が出てきた。ゆでた鶏肉を、そのゆで汁で炊いた飯の上にのせた料理だ。辛いタレをかけて食べる。うまい。 ああ、私が望んでいた味はこういうものなのだなとはっきりとわかった。


 飯もトリ肉もタレも、スープもうまい。昼飯のことを考えて、これだけで我慢した。いつか、飯を食うだけのために、タイに来ようかなどと考えていた。

 その夜、タイに20年以上住んでいる友人たちと夕食を食べているときに、朝飯の話をした。タイで外食して、「ここの飯は、はずれた」という経験はめったにない。「高けーなあ」と怒りたくなることはあっても、「あの店はどうにもまずい」という失望や怒りの経験はほとんどないと私が言うと、「そうだね」と皆同意した。ただし、「タイ料理店に限って」という条件は付く。まずい日本料理店や西洋料理店は、もちろんある。
 「我々がタイで経験を積んでいて、観光客しか近寄らない店には入らないという知恵のせいかなあ」などと言いながら、掘っ立て小屋の肉料理専門店での食事を楽しんだ。友人の話では、ここの料理人は日本料理店で修業を積んだそうだが、屋根はあるが壁がまったくない、市場のなかにあるような店だ。豚牛の内臓なら、どこの部位でもあるというので、日本ではまずないはずの「胆汁(胆のうの液)入り料理」と言ってみると、田中要次のように店主は、「あるよ」と言って、5分後には料理をテーブルに持ってきた。そんなものまである、恐ろしい店だ。この店の料理が、今回の旅の最後に口にしたものになった。
 タイの日本語情報誌「DACO」の編集部が案内してくれた、穴場中の穴場だ。発行人、編集長、編集者が、日ごろの取材で得た情報を精査して思いついた個性的な店だ。
 ごちそうさまでした。

 深夜の空港で荷物検査の職員と長時間ケンカしたのだが、まあ、その話はいつか、忘れなければ・・・。

「イタリアの散歩者」完



*次回からは、2018年2月の旅の話を書こうかと考えていたのだが、その下書きをする前にまた旅をしたくなり、出かけます。今回のイタリアの散歩者にしても、いままでの旅物語にしても、単行本1冊分ほどの原稿量がある。ツイッターやインスタの時代に、こういう長い文章を読む人はほとんどいないだろうし、文章を書くために旅をしているわけではないので、もう長い話を書くのはやめようかとも思っている。
では、4月か5月に再開、再会しましょう。