1120話 ダウンジャケット寒中旅行記 第4話

 タンジェ

 今回の旅は、まだ行ったことがない街に行ってみようというのが企画意図だ。モロッコで行っていない街はまだいくつもあるが、そもそも興味がない街と、フェズのように大観光地だからきっと不愉快になるに違いないと思う街もある。行ったことがない街で、「どんな雰囲気の街なんだろう」という興味があったのが、ラバトとタンジェだった。そして、スペインでは、大観光地ゆえにいままで足を踏み入れなかったコルドバグラナダに行くことにしたのである。
 さて、タンジェ。私には英語読みのタンジールの方がなじみがある。アメリカの「ビート世代」の作家たち、ジャック・ケルアックアレン・ギンズバーグ、ウィリアム・バローズ、あるいは「シェルタリング・スカイ」のポール・ボウルズなどとゆかりのある場所である。
 ヨーロッパ人やアメリカ人にとって、タンジェは「簡単に行けるアフリカ」であり、「遊園地気分で楽しめるアラブ世界」である。タンジェと、スペインのタリファかアルヘシラス間はフェリーで2時間弱だから、日帰り旅行もできる。たった2時間の船旅で、「俺は、ジブラルタルを渡った」だの、「俺はアフリカに行ったぞ」と言える。西洋人にとって、いやアジア人旅行者にとっても、「お手軽エキゾチックタウン」である。
 だからといって、タンジェがテーマパークのような場所というわけではない。「昔よりは良くなった」というのだが、インドを思い出すような客引きやガイドが旅行者につきまとう。男たちは旅行者を見かけると近寄り、ささやく。
 「市場を案内しましょう」
 「すばらしいレストランがあります。ご案内しましょう」
 「安くていいホテルを知っています。行きましょう」
 「この街をガイドしましょう」
 「マリファナ、ハシシなんでもあるよ」
 決してあきらめない。ずっとつきまとう。
 街のどこででもというわけではないが、外国人がよく歩く地域はおおむねこういう男たちの仕事場で、旅行者を不快にする。多分、フェズも同じだろう。だから、私はフェズに行かないのだ。タンジェにも、もう行かない。親切な人にも会っているのだが、どうも印象が悪かった。


 最初、向こうの陸地がスペインかと思ったが、まさか。タンジェの東部だ。


 正面の大きな建物は、ホテル。金持ちが地中海を見渡すのだろう。


 ちょっと様子のいい映画館だが、見たくなる映画は上映してなかった。

 

 ロッコというと沙漠のイメージが強いが、農産物が豊富な国でもある。日本人が見て、「これは何だ?」という野菜はあまりない。


 ミントティー。紅茶ではなく、中国産緑茶を使う。砂糖がたっぷり入っているが、しつこい感じはしない。普段は甘いお茶は飲まないが、モロッコではミントティーを飲みたくなる。この店には2時間前にもいた。


 海沿いのタンジェは坂の街だ。人ごみの市街ではカメラを出す気がせず、視界が開けた場所で、初めてバッグからカメラを出した。