1122話ダウンジャケット寒中旅行記 第6話

 土曜日はダメよ

 モロッコからの船がタリファに着いた。何という事もない小さな港町だから、無料の連絡バスで交通の要所アルヘシラスに向かう。ここはすでに来たことがある街だから、観光案内所やバスターミナルの位置はすでに知っている。グラナダまでのバスの切符を買い、出発時刻までケバブの昼食を済ませて、しばらくバスターミナルで観光客を観察してから、長いバスの旅を始めた。イギリス経由で行こうかとも思ったのだが、時間とカネの無駄だと判断した。ここでいうイギリスとは、もちろんイギリスの海外県ジブラルタルのことだ。

 アルヘシラスは1年くらいでは何も変わっていないだろうと思ったが、ちょっと小ぎれいになっていた。新しくケバブ屋ができていたので、ケバブと話のネタにコピー商品を注文してみた。ラ・カセーラという会社は19世紀からある飲料メーカーだというが、このコーラは完全にバッタ物だよ。ネットでボトル入りの商品を見たが、それもコピー商品だ。

 バスターミナルに着いて、アンダルシアの文字を見て、「ああ、来たぞ」と心が躍った。

 グラナダといえば、アルハンブラ宮殿。そこに向かう坂道の入口あたりに安宿があるという情報を得ているので探し始めると、1軒目で良さそうな宿が見つかった。4,5日は滞在したいと告げると、「今日は大丈夫。明日の金曜日も大丈夫ですが、土曜日は満室です」といった。「土曜日ですから」ともう一度言った。
 「土曜日だからって、なぜ?」
 「スキー客なんです」

 グラナダに着いて、街を歩き、坂を上がると・・・

 雪山が見えた。考えてみれば、旅先で雪を見るのは何十年ぶりかだ。

 翌日の金曜日にグラナダを歩いて、街から雪山が見えることはわかったが、グラナダというイメージとスキーが結びつかなかった。
 「スペイン各地からスキー客が来るので、毎週末はずっと満室です」
さて、困った。木曜日の夕方チェックインして、金曜日の1日では足らない。どうする。
 金曜日に近所の宿を回って土曜日の部屋を探したが、どこも満室だ。「Completoコンプレート!」(満室)というスペイン語を覚えるほど、どこも満室だ。
「土曜日はコルドバに行こうかと思うんですが、どう思います?」と宿の主人に聞いた。
 「土曜日のコルドバに部屋があるかどうかはわかりませんが、少なくともスキー客はいませんね」
 それで、土曜日の朝、バスでコルドバに行った。シーズンオフだから、宿はガラガラだろうと思っていたのに、1軒目「フル」。2軒目「コンプリート」、3軒目「ソーリー・・」そして、4軒目。「おっ、ちょうどよかった。部屋はありますよ。さっきキャンセルの電話があったので」。事情を聞くと、コルドバも週末は行楽客でいつも満室だそうだ。

 コルドバに着いたものの、偶然のキャンセルがなければ、この街に泊まらずにどこかに移動することになったかもしれない。
 それから10日ほどアンダルシアを旅して、マドリッドに着いた。前回利用した宿に行ってみると、「フル」と言われ、おいおい、という気分だ。近所にいくつもあるホテルにあたってみだが、「今夜は大丈夫ですが、明日からは満室です」。再び、おいおい! マドリッドよ、おまえもか。3軒目、「1週間ほど泊まりたい」と言うと、「今日明日は大丈夫ですが、土曜日が満室で、日曜日以降は大丈夫です」
 インターネットで宿の予約をしない旅行者は、こういう苦労をすることになる。しかし、ひと月前から宿を予約しておくような硬直した旅をするなら、ツアーに参加したのと変わりはない。昨今は、自由気ままな旅はしにくくなってきたから、成り行きまかせの旅をしたければ、インターネット予約と関係のない地域に行くしかないのか。あるいは、旅行者が来ない国か。
 マドリッドでは、とりあえずその宿に泊まることにして、翌日10軒ほどの宿にあたってみたが、土曜日はどこも満室だった。どうにもならないことがわかり、マドリッドからちょっと離れた街に行くことにして、念のために、その街の宿は、マドリッドで泊ることになった宿のスタッフに電話をかけて予約してもらった。小さな街の宿には、英語を話す人はいなかった。
 「土曜日はダメよ」というフレーズが頭に浮かんだ。

 マドリッドに着いたのに、すぐ移動か。スペイン広場に出ると、ドン・キホーテ像の背後にあるエスパーニャビルに大きな広告があった。景観を考えて広告が厳しく規制されているといった話はよく聞くが、これは何だという怒りで写真に撮った。エスパーニャビルは1953年の完成当時は、スペインでもっとも高いビルだったはず。