タパスとピンチョ
グラナダのある日の昼食は、道行く人を眺めながらボカディージョにしようと思った。スペインのサンドイッチのことで、小さなバゲットのようなパンに具をはさむ。メニューを見て、ジャガイモ入りオムレツであるトルティージャとトマトのサンドイッチを注文した。
トルティージャは注文のたびに作る料理ではなく、フライパンで一度に作り、注文があれば、それを8分割か12分割にして客に出す。それをパンにはさむだけだから、ほかに仕事がなければ1分でできる。それなのに、10分しても出てこない。もしかして注文を厨房に伝え忘れたのかと想い、おばちゃんに注文を繰り返すと、「はいはい、わかってますよ」という。20分してもまだ姿を見せないので、再度おばちゃんに苦情を言うと、「ウチはパンから焼いていますから、時間がかかるんです」という。嘘つけ! 注文が来てから、サンドイッチ用のパンを焼く店なんかあるわけはない。
30分して、ボカディージョがテーブルに来た。「これが焼き立てのパン? すでに冷たいじゃないか」などと言うのはヤボだから、黙っていた。ボカディージョといっしょにヒヨコ豆の小皿がついてきた。これがタパスだ。日本では「つまみ」と訳されることが多い。
タパスはアンダルシアで生まれたもので、この語の意味はフタを意味するタパだという。グラスにホコリやハエがはいらないようにフタをするものというのが語源だそうだ。私は酒を飲まないので気がつかなかったが、どうやらタパスは「つまみ」というより「突き出し」として始まったのではないかという気がしてきた。飲み物を1杯注文すると、タパスがひと皿ついてくるシステムだからだ。私の想像なのだが、最初は客が注文するものではなく、店が勝手に出す「突き出し」だったものが次第に種類が増えて、客が注文するようになったのではないか。韓国の昔ながらの居酒屋では、酒を注文すると、どんどんつまみがでてくるシステムがあるという。酒代につまみ代が含まれているそうだ。
どちらもBARと書くが、スペインのバールではなく、アメリカのバーならば、ピーナッツやポテトチップのようなものが最初ではないか。スペインではピーナッツではなく、塩漬けオリーブだったりするのだが。
ちなみに、タパスに似たものにピンチョスがある。タパスが生まれたアンダルシアはスペイン南部だが、ピンチョスは北部のバスクで生まれたもので、輪切りのパンの上に、ハムやイワシなどをのせてピン(串)に刺してあるものなので、ピンチョスという。ピンチョスの単数形はバスク語でPintxo、このpinはもしかして英語のPinと同じ語源かもしれない。
トルティージャとトマトのサンドイッチ。小皿にヒヨコ豆のトマト煮。パンがつくのは常識だから、タパスを何皿も注文すると、食事にもなる。飲み物は、ジンジャエールにした。
ジャガイモのオムレツであるトルティージャ。塩味だけではもの足りないが、スペイン人もイタリア人も、ソースが好きではないので困る。
スペイン語ができなくても、「これ」と指させば、注文完了。全部、うまそうだ。小皿に盛って出してくれる。ビールかワイン1杯に、タパス2皿で1000円くらいだ。