1129話 ダウンジャケット寒中旅行記 第13話

 アルカラ・デ・エナーレス

 マドリッドの安宿は、週末はどこも満室だから、どこかに緊急避難することになった。無計画で貧乏な旅行者は、週末をマドリッドで過ごすことはできない。
 バルセロナにいたときに、安宿がどこも満室になる日がありアンドラに避難したように、今度はマドリッドからどこかに行くことになった。そこで、さて、どこに行くか? スペインの地図を広げた。マドリッドからそれほど遠くない場所で、まだ行ったことがない街は、トレド、アランフェス、グアダラハラ、ちょっと離れるがクエンカなどがあるが、そういう有名な街だと、宿がすでに満室になっている可能性がある。そこで、世間的には有名ではないが、「ちょっといい街」がないかと思って探し出したのが、アルカラ・デ・エナーレスだった。東京で言えば、都内のホテルは満室状態なので、埼玉県の川越に行ったという感じだ。
 マドリッドから電車で小一時間だ。今回の旅ではスペインで鉄道を利用していないからちょうどいい。列車がアトーチャ駅を出るとすぐに住宅地になり、間もなく草原が見えてくる。荒野と呼んでもいい。ヨーロッパの街は、アジアの街と比べて狭いということがよくわかる。これで田園地帯に入るかと思ったら、いかにも新興住宅地という新しい住宅群があり、倉庫や工場があり、どの建物にも落書きがある。テレビの旅番組は美しい景色しか放送しないが、ゴミの山や廃墟のスペインが見える。神社仏閣名所旧跡に興味がない私にとっては、こういう普通の風景がおもしろい。ただし、車窓のガラスが汚れきっていて、景色が見にくいのには閉口した。汚い窓ガラスというのは、イタリアの地方鉄道でも体験しているが、日本の鉄道ではまずないだろう。
 車窓風景が突然変わって、アルカラ・デ・エナーレス駅に着いたことがわかった。駅前通りに人影はないが、ちょっと歩くと古い町並みが見えてきて、かなりの人出だった。そうだ、きょうは休日だ。観光客が列を作っているのは、「セルバンテスの家」だ。『ドン・キホーテ』の作者、セルバンテスはこの街で1547年に生まれた。現在、「セルバンテスの家」として公開しているのは、セルバンテスが住んでいた家ではなく、セルバンテス時代の家を利用して、『ドン・キホーテ』関連資料館にすると同時に、セルバンテス時代の生活資料館にもなっている。


 古い街並みを歩いて行くと

 セルバンテスの家があり・・・


 ドン・キホーテ』関連資料の展示が多くあり、世界の初版地図もある。
 ここがいい。どうやら市民のボランティア運営のようで、無料。上の写真でわかるように、手入れも行き届き、スタッフがにこやかに迎えてくれるので気持ちがいい。大きな地図があった。さまざまな言語の『ドン・キホーテ』翻訳初版史がわかる地図だ。世界の『ドン・キホーテ』いつくのも現物が展示されている。以下、その地図から初版年を書き出すが、1873年に何があったのか気になる。

 1873年 中国語、ベトナム語ベトナム語、マレー語、タガログ語インドネシア語
 1880年 グジャラティ語
 1887年 ベンガル語
 1896年 日本語
 1903年 ヒンディ語
 1915年 朝鮮語


 こういう顔出し看板は日本独特などと説明している人もいるが、スペインにもあった。