1149話 桜3月大阪散歩2018 第3回

 現代の大阪弁

 読売テレビ制作の番組「ケンミンSHOW」の大阪編とは違って、現実の大阪ではいたる所で大阪弁が聞こえてくるわけではないという話は、前回の大阪物語でも書いた。大阪のような大都市は、出張、観光、移住、結婚、出稼ぎなど様々な理由で各地からやって来た人であふれている。大阪市の北側にあたる豊中や吹田といった地域は新興住宅地だから、団地や分譲地やマンションに住んでいる人たちは日本の各地からやって来た人たちで、その子供たちは大阪生まれであっても、家庭では別の言語を使っていることによって、大阪弁度が薄まっている。そういうことも、前回すでに書いた。
大阪の夜は、部屋でテレビを見ていることが多かった。関西ローカルの番組を見ているのが楽しいからだ。関西の芸人が、全国放送よりものびのびやっていることがわかる。関西限定有名人の存在もわかる。
 ある夜に放送していたバラエティー番組は、関西弁と大阪弁に関するものだった。世の中便利なもので、記憶の断片をつなぎわせて検索すれば、その番組が「ちゃちゃいれマンデー」(関西テレビ)だとわかった。スタジオ出演のタレントは、東野幸治山本浩之黒田有メッセンジャー)。日記では火曜日に見たはずなのに、なぜか「マンデー」だ。調べてみると、放送日が火曜日に変更されたが、タイトルはそのままということもわかった。
 テレビのスイッチを入れた時は、関西のごく狭い地域でしか使っていない方言のロケを、スタジオのタレントたちが「知らんな〜」などと言いつつあれこれ言っていた。番組の後半は、大阪の若者たちには理解できないかもしれない昔の大阪弁を、街かどで聞いてみるというものだ。スタジオのおっさんたちにとっては「意味は分かるけど、使わんなあ」という10単語を、若者たちはほとんどわからない。平成生まれの大阪人の大阪弁事情というコーナーは、番組の恒例企画らしい。
 番組に登場した10の単語がどういうものだったかメモを取らなかったが、半分は私でもわかった。そのひとつに、「わやや」という表現があった。この表現で思い出すのは、少年時代に聞いていたエンタツアチャコ中田ダイマル・ラケットなどの漫才だ。子供時代、「さっぱりわやや」(まるでダメ)とか「無茶苦茶でござりまするがな」(アチャコ)とか、蝶々・雄二の漫才などをなんとなく聞いていた。漫才が好きだったわけではないが、いつもテレビやラジオから流れていた大阪弁が耳に入っていた。当時、奈良で生活していたから、テレビやラジオから流れる大阪弁は、言葉によっては「古臭い」とは思っても、わからない言葉はほとんどなかったと思う。大阪ドラマに出てくる「いとはん」(お嬢さん)や「ごりょはん」(おかみさん)といった単語も覚えた。こういう言葉は、私の子どもの頃でも、すでにほとんど死語だっただろう。
 この番組だったか別の番組だったか記憶がないのだが、「大阪の今の若者は、大阪弁を使わない」という話題を放送していた。例えば、関西人はマクドナルドを「マクド」というが、若い女の子はこれでは何ともダサイと感じ、東京風に「マック」というという具合だ。大阪弁は、おっさんや昔の芸人が使うダサイ言葉という感覚があるようだ。
 考えてみれば、全国放送に出演する関西芸人たちは、関西弁をしゃべっているようでいて、じつは共通語を関西アクセントでしゃべっているだけで、ときどき味付けに方言を加えるが誰でも意味は分かる関西弁だ。
 その昔、島田紳助が「それが関西出身芸人の技術や」と言っていた。基本は関西アクセントの共通語で、ときどき関西方言を加えるという話術がうまくできるのが全国区のタレントだという。この法則の例外が、さんまと鶴瓶だが、彼らよりも下の世代では、ベタべタの関西弁芸人は全国区にはなっていない。それと関係があるかどうかわからないが、大阪の若者たちも全国区芸人たちと同じように、関西アクセントの共通語をしゃべるようになってきたらしい。
 40年ほど前の京都で聞いた話を思い出した。当時すでに、アイスコーヒーを「冷コー」というのはおっちゃんやおっちゃん風を気取る若者くらいで、女子高生や女子大生は普通、「コールコーヒー」と言っていたという。関西人だとわかる人が、「アイスコーヒーください」などと言うと、東京人を気取る嫌な人という風にみられた。そういう話を聞いた。知り合いたちの話なので、普遍性があるかどうかわからない。関西人と言っても、生活環境によってだいぶ違うだろうが、今では「アイスコーヒー」が関西でも普通に使われる語になったようだ。東京人化する大阪人の詳しい話は、本場の関西人に教えてもらいたい。